鮫川真治准教授の居室

 少しばかり早足で目的の場所を目指す幹也と雄大。
 そのように急ぎながらも、雄大が口を開く。
「それにしても、少し驚いたっすよ。姉ちゃんは単純なんで篭絡しやすいのは確かっすけど、それでもあんなに簡単にご機嫌を取るなんて。さすがせんせえっすねぇ」
「誤解を解いただけだろう。あの程度でさすがなどと言われてもな。それより、お前のどこが理屈っぽいんだ? それだけは本当に疑問だ」
「姉ちゃん的にはそうなんすよ、きっと。まあ確かに、前はそうとう適当でしたからね、俺。その頃から比べると理屈っぽいかも知れません」
「……おそらくだが、理屈っぽいのではなく、いい加減でなくなったというだけじゃないのか?」
「さあ、自分じゃよく判んないっす。それより、聞いてなかったすけど、誰に会うんすか?」
 乱立する建物のひとつに足を踏み入れ、エレベータに乗ったところで雄大が訊いた。
 それを今まで訊かなかったという事実だけで、幹也は先程の自分の予想は間違っていたことを知る。雄大はいい加減でなくなったわけではないのだ。今もなおいい加減なのである。そして、当然理屈っぽくなどない。
「この土壇場までその質問をせずにいたことに驚きを禁じ得ないが、まあ、気にしないことにしよう。さて、お前の疑問に対する答えだが、それは直ぐに知れることであるし、敢えて答えん」
「えぇ! 直ぐ知れるんなら、今答えてくれたっていいじゃないすか」
「このエレベータが目的の階に到達するまでに推理してやろう、という気概くらい見せたらどうだ?」
「そんなん無理っす。あと一階――いや、もう到着しちゃいましたし」
 雄大の言うように、エレベータの扉が開いた。目的の階である六階に着いたのだ。
 幹也はエレベータを降りると、直ぐに右に曲がる。そして、廊下を奥へと進んでいった。十数メートルほど進むと、そこに彼が目指す部屋があった。
 そして、その部屋の扉の上にかかっているプレートを指差し、幹也は先程の雄大の疑問に答えた。
「これから会う人物は、この人だよ」
 雄大は幹也の指が示す先を見やる。
 その先にあるプレートには、鮫川真治と書かれていた。

 こんこんこん。
「どうぞ」
 幹也が丁寧に扉を叩くと、部屋の中からしゃがれた声が返ってきた。
 それを受け、幹也はゆっくりとドアノブをまわし、扉を開く。
「失礼致します」
「失礼しまぁす」
 幹也、雄大がそれぞれ言った。
 そして、幹也は更に続ける。
「メールでお約束をしていただいた葦乃木です。本日はこのようにお時間をとっていただき、誠に有難う御座います」
 言われると、部屋の中で腰をかけていた男性は立ち上がり、軽く礼をした。
「鮫川です。コンピュータ通信の分野に興味があり、話を聞きたいとのことでしたが…… 貴方はよろしいとして、そちらは?」
「こちらは僕の友人で霧谷といいます。メールでは僕ひとりで伺うとのことだったのですが、話をしたら彼も同行したいと言い出しまして。ご迷惑でなければ同席をお許し願いたいのですが……」
「構いませんよ。この通り狭い居室ではありますが、お客様二人くらいであれば問題はない」
「有難う御座います」
「ありがとうございまぁす!」
 幹也は慇懃に、雄大はにこやかに大声で礼を言った。
 ぎっという音を立てて鮫川が椅子に座り、来客用に置いてあるらしいソファを二人に勧めた。二人は並んで座る。幹也は静かに、雄大はどっかと音を立てて。
 そして、幹也が口火を切る。
「早速ですが、お訊きしても宜しいですか?」
「ええ、勿論です。私は十二時から用事がありますが、それまででしたら答えられることは全て答えますよ」
「感謝します。ではまず、鮫川さんが研究されているピアツーピアというのがどういったものなのか、お聞きかせ願えますか? 聞き覚えくらいはあるのですが、浅学ゆえによくは判らないのですよ」
 幹也は早速用意してきた質問を口から発する。鮫川の研究室のホームページを見て、彼の研究が何かは調べてきていた。
 訊かれると、鮫川はこほんと咳払いをして、口を開いた。
「ピアツーピアとは何か、ですか。それを理解するにはまず、インターネットを介したサービスの多く――例えばホームページの閲覧などですが、それががどういう風に実現しているかを知っていた方がいいでしょうな。そちらの方への理解は?」
「俺は少し判るっす」
 そこで意外にも雄大が手を挙げた。鮫川は余裕の表情を浮かべ、雄大に話を促す。
 そして、雄大はたどたどしく説明を始めた。
「例えば、どっかのホームページを見る時とかっすけど、そういう時は見る側と見せる側が主従の関係にあるんすよね? 見せる側はサーバと呼ばれて、ホームページに当たるものを蓄えている。そんで、見る側はクライアントって呼ばれていて、サーバが見せてくれるものをただ見るだけ。クライアントは見る以外の行為を何もできないんすよ。サーバみたいにホームページを公開しようとしても、出来ない。日常生活の上で例を挙げるとすれば、サーバは料理をだしてくれるお店で、クライアントは料理を注文するお客さんって感じっすかねぇ」
 雄大の説明を受け、幹也はおぼろげながらも理解を得た。それでいて、こっそりと雄大に感心していた。
 実は、葦乃木探偵事務所のホームページ作りを雄大に任せたことがあったのだが、それにしてもここまで理解しているとは、幹也も予想外であった。雄大はその作業をマニュアル本の通りに、ただ忠実に作業することで完了していた。それゆえ幹也としては、雄大はやり方を覚えはしても、深い理解まではしていないだろうと考えていたのだ。
 それが中々どうして、それらしい説明を堂々として見せたのだ。例えこの後に、鮫川の訂正が入ったとしても、幹也としては雄大を見直すに足る出来事だった。そして素晴らしいことに、鮫川による大きな訂正は為されない。幹也の中で雄大の株は急高騰した。
 しかし――
「まあ、そうですな。それ程深い理解を得る必要もない今であれば、その説明で問題ないでしょう」
 なぜか苦虫を噛み潰したような表情で、鮫川は言う。とはいえ、直ぐに表情を柔らかくし、先を続けた。
「ちなみに、そういった通信の形態をサーバ・クライアント型などと言います。このような形態はちょっとした問題点がありまして――そちらは判りますかな?」
 鮫川は、再び雄大に視線を向ける。
 今度ばかりは雄大も知らなかったようで、視線を泳がせてから、最終的に幹也を見やる。
 幹也は問題となり得そうな点を予想してはいたが、それは開示せずに静かに首を振る。
「申し訳ありません。判りません」
 それを耳にすると、鮫川は顔に喜色を携えて言の葉を繰る。
「謝る必要などありませんよ。貴方はそれを知るためにここを訪れたのですから。さてでは、僭越ながら説明させていただきましょう」
 一度咳払いをし、鮫川は続ける。
「サーバ・クライアント型が持つ問題――それは、サーバがいなければサービスが立ち行かなくなるということです。つまり、ホームページを見せる側がそれを見せるという行為を実践できなければ、誰も見ることはできない。そうでしょう?」
「確かにそうですね」
「さっきの俺の例で言えば、お店が休業してるようなもんすかね」
「ええ。霧谷さんの仰るとおりです。料理を出す側がいないのであれば、客は立ち往生する以外に何も出来ない。そのように、ある一部が機能しなくなると全体の流れがストップしてしまうような箇所――今で言えばお店、つまりサーバ側ですが、そういった全体の弱みになってしまう箇所をボトルネックといいます」
「ボトルネック…… 英語っすか?」
 雄大が幹也に瞳を向け、訊く。
 しかし、幹也は答えない。
 数秒ののち、鮫川が口を開いた。その顔には、控えめな笑みが浮かんでいた。
「ええ、英語ですね。ボトルは瓶。ネックは首。『瓶の首』です。瓶は液体が入っている本体部分は太いけれど、飲み口――首は細くなっている。これは飲むという行為をする上では都合がいいでしょうが、例えば、瓶をゆすいだあとに水を出す際には都合が悪い。お二人も水が出にくくてイライラした経験があるのでは?」
「そうっすか? 俺はのんびりと――」
「ええ、判りますよ。あまり効果はないと思いつつも、瓶を上下に振ったりします」
 無邪気に発せられた雄大の言葉を遮り、幹也が同意した。
 鮫川は軽く笑んで応える。
「そうでしょう。そのように『瓶の首』は狭くなっていて瓶から水を出す際の障害となり得る。それゆえに、全体にとって障害となり得る箇所や制約を与える箇所をボトルネックと呼ぶのです。サーバ・クライアント型の場合もやはり、障害となり得てしまうサーバはボトルネックと呼ばれるわけです」
「はあ、なるほど。そういえば、『ほにゃららにとってネックになる』とかって言ったりしますけど、このネックってボトルネックの略なんすかね」
 ふと疑問を口にする雄大。
 鮫川はつっけんどんに、その通りだよ、と言ってから話を続けた。
「さて、ここまでの話で、クライアント・サーバ型には、サーバがボトルネックになってしまう、という問題点があることを判ってもらえたと思います。当然ながら、そういったボトルネックは解消したいと思われるでしょう?」
「そうですね。飲食店に休業されては、未婚で料理もしない私としては困りものです」
 幹也の同意に、鮫川は楽しそうに頷く。
「そうでしょう、そうでしょう。さて、そこで考案されたのがピアツーピアです。このピアツーピアですが、ピアと呼ばれるコンピュータ同士が通信を行うという文字通りのものでして、そのピアはサーバとしても動作し得ますし、クライアントとしても動作し得るのです。先程から挙げている例でいえば、葦乃木さんは料理を出すお店にもなれますし、料理を食べる客にもなれるのです」
 客の少なそうな店っすね、と雄大が茶化すと、幹也が軽く彼の頭をはたいて、黙っていろ、と注意した。
 鮫川が続ける。
「今の説明で誰もがお店になれること――あらゆるコンピュータがサーバになれることを判っていただけたと思います。そしてそうであれば、サーバがボトルネックになることはあり得ない。なぜなら、どれか一つのサーバ、ここで言えばピアですが、それがいなくなり、通信を行えなくなったとしても、他のサーバとして機能し得るピアと通信を行えばいいのです。だからこそ、ピアツーピアは理想的な形であれば、ボトルネックは存在しないのです」
 鮫川の言葉に、幹也は少しばかり疑問を覚えた。
「理想的な形であれば、ですか?」
「ええ。残念ながら、ピアツーピアにもボトルネックが存在する場合があります。ピアツーピアは大きく分けて二つの種類がありまして、片方においてはボトルネックとなり得る箇所があるのです。まずはそちらからお話しましょうか」
 そこで一度、鮫川が視線を落とした。恐らくは、机で隠れた位置にある腕時計を目にし、時間を確認したのだろう。
 彼がにこやかに話を再開したことで、幹也はまだ時間があることを知る。
「それはハイブリッドピアツーピアという種類です。ハイブリッドとは、『混合』とか『組み合わさった』とかそういった意味で使われます。つまり、何かとピアツーピアを組み合わせているわけです。そしてそれが――」
「サーバ・クライアント型ですか?」
 幹也が遮る。横で聞いていた雄大は、なるほどぉ、感心し、一方で、鮫川は気難しげに首をかいた。
 間違っていたのだろうか、と雄大が目をしばたかせていると――鮫川が肯いた。雄大の予想に反し、肯定をしたのである。そして、鮫川は続ける。
「その通りです。サーバ・クライアント型とピアツーピアの性質を併せ持った形態――それがハイブリッドピアツーピア。ピアとピアが遣り取りを行う際に幾つかの情報が必要となるのですが、それをピア間で手に入れることは難しいのです。しかし、そういった情報を保持していてくれるサーバがあれば、ピアはそこへ情報を見にいき、それから簡単にピア同士で遣り取りを行える。簡単な情報を手に入れる際にはサーバ・クライアント型で、本命の情報を手に入れる際にはピアツーピアで、そういうことです。ただ、その場合サーバとして動作する主の存在があるわけですから、そこがボトルネックになる。例を挙げるなら、そうですね…… それぞれ料理の上手いご婦人が、とある日曜日に料理を持ち寄りパーティをすることになったとしましょう。この際、二人のご婦人はどちらも料理を提供できる飲食店の代わり、つまりサーバとみなせます。それでいて、彼女達は相手の料理を食べるわけですから、客――クライアントでもある。サーバでもあり、クライアントでもある彼女達は、ピアツーピアにおけるピアとみなせます。しかし、彼女達は困ったことに、それぞれ相手の住居を知らない。これではパーティを開始できません。そこで、住所を知るためになんらかの措置をとる必要が出てくる。役所で住所を教えてくれることはないと思いますが、今は便宜上教えてもらえるとして、彼女達は役所に行き、相手の住所を知る。その上で、パーティを開始する。ただし、この時役所が閉まっていたなら、彼女達はパーティを始められない。役所という名のサーバ――住所を蓄えておいてくれるサーバが、ボトルネックになる。わかりますね?」
 問われると、探偵と探偵助手は肯く。その後に続く発言はない。
 鮫川は一拍置いて、続ける。
「では、続けて二種類目のピアツーピアについてもお話しましょう。そちらはピュアピアツーピアと呼ばれます」
「ピュア? 純情なんすか?」
 雄大が口を挟むと、鮫川は楽しそうに笑った。
「ははは。惜しいですね。純情ではなく純粋と日本語訳するのがいいでしょう。純粋なるピアツーピアということです。先程のハイブリッドピアツーピアにサーバが混合されているのと対比して名づけられているわけです。つまり、サーバのようなボトルネックが全く存在しない、ピアのみによって遣り取りを行うように形成された純粋なピアツーピアというわけですね。先ほど申しました、ピア同士が遣り取りをするために必要な情報を取得するのが困難、という問題は未だ残ったままですが、ボトルネックを完全に取り去ることができます」
 鮫川の言葉が途切れると、幹也が口を開く。
「なるほど。大変興味深く拝聴しておりました。一口にピアツーピアと言っても、種類があるのですね」
「そういうことですな」
「では、それぞれのピアツーピアがどういった風に利用されるかお訊きしても宜しいですか?」
 鮫川の表情が曇った。そして、歯切れ悪く話し出す。
「どちらのピアツーピアもまた、不本意ながらファイル共有ソフトにしばしば利用されていますね。聞いたことがあるのではないですか?」
 幹也は聞き覚えが無かったが、またしても雄大が知っていた。
「ああ! ピアツーピアって聞いたことがあるとは思ってたっすけど、あれっすか? ウィニー」
「やはりその名前が出てきますか」
 鮫川と雄大の間では通じたようだが、幹也には全くわからなかった。
「ウィニーというのは誰だ? 外国人か?」
「違うっすよ。パソコン上で動かすソフトウェアの名前っす。最近会社とかの情報漏洩が目立つでしょ。そういうのは大抵ウィニーとかのファイル共有ソフトのせいらしいっすよ」
「情報を漏洩させるソフトなのか?」
「そんなソフト誰も使わないっすよ。元々はインターネットを通してファイルを共有するソフトっす。例えば、音楽を聴くためのファイルを無料で手に入れたりとか、そういうことができるんすよ。けど、コンピュータウイルスのせいで共有したくないファイルまで共有するようになっちゃうとか何とか。結果として、個人情報とかに関係するファイルまで第三者が手に入れられちゃうことがある、と。そういう感じっすかね」
 なるほど、と納得しつつ、幹也は、情報漏洩以外にも問題とすべき箇所があるのではないか、と思いつき、口を開く。その向かう先は鮫川だ。
「情報漏洩も問題でしょうが、音楽などを無料で手に入れるとなると、著作権の問題にも引っかかるのではないですか?」
 鮫川は小さくため息をついて、幹也を見る。
「その通りですよ、葦乃木さん。霧谷さんが仰った情報漏洩問題だけでなく、著作権問題もピアツーピアを悪者に仕立て上げている問題のひとつです。確かに、そういった問題を考慮に入れずに作られたソフトウェアに問題があることは認めましょう。しかしですよ! それでピアツーピアまで悪者扱いされるというのは納得いかない!」
 突然声を荒げた鮫川に、幹也と雄大は目を丸くする。
 鮫川は、そんな二人に目もくれずに早口に続ける。
「一般の方々の間にそういった風潮が流れるのは良しとしましょう。それは仕方が無いと私だって思う。企業がそのように考え、ピアツーピアを遠ざけるのも正しい姿勢だと認める。しかし! 研究者までそんな狭窄的でどうするんだ! 学部長の奴め! ただでさえ少ない研究費を減らしやがって! それを決めるのは自分ではないとか言っていたが、あいつが口ぞえしたのは判って――」
 荒々しく言の葉を紡いでいた鮫川は、来客者二名の視線をはたと思い出し、口を噤む。
「し、失礼致しました。今口にしたことはお忘れ下さい」
 幹也、雄大が曖昧に笑う。
 鮫川は冷静さを取り戻し、話を再開した。
「さて、誤解なきように言っておきますが、ファイル共有ソフトがピアツーピアとイコールというわけではありません。ファイル共有ソフトを実現する上でピアツーピアを採用しているだけなのです。ですから、ファイル共有ソフトを例に挙げて、それでピアツーピアが排斥されるべき技術であるとするのはおかしい、とわかってもらえるでしょう。その議論は、紐を用いて人をくびり殺した者がいた際に、紐はこの世から排斥されるべき、と考えることと同様に愚かしいものです」
 鮫川が言い切ると、雄大は済まなそうに口を開く。先程の鮫川の様子に気おされしたのか、やや大人しい。
「それはそうっすね…… 俺、正直誤解してたっす」
「僕も狭窄的に考えておりました。申し訳ありません」
「いえ。先程も口にしましたが、この分野に明るくない方がそのように考えるのは当然です。お気になさらずに。それよりも、もう少し詳しい話もするとしましょうか。せっかく来て頂いたのですから、このように概要ばかりをお話していては心苦し――」
 プルルルルルルルルッっ!
 突然電子音が鳴った。鮫川の携帯電話だ。
「失礼」
 鮫川は、幹也達に断ってから、電話を取る。
「はい、鮫川です。はい。はい。……少々お待ち下さい。申し訳ありません、葦乃木さん。実は十二時半から会議が入っていたのですが、突然の時間変更で十二時からとなってしまったようです。準備などもありますから、お話はこれで……」
 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ鮫川を見やり、幹也は瞳を伏せて暗い表情を作る。そうですか、と残念そうに呟く――が、直ぐに明るく笑って応えた。
「いえ、構いませんよ。ピアツーピアの深いお話や鮫川さんの研究についてお聴きできないのは残念ですが、これまでのお話も大変興味深かいものでした。突然お邪魔したというのに、丁寧に説明して下さって感謝致します。有難う御座いました」
 ソファから立ち上がり深く礼をする幹也。雄大もまた立ち上がり、頭を下げて、ありがとうございましたぁ、と大声を上げた。
「何か訊きたいことがありましたら、またお気軽にご連絡下さい。これでも忙しい身ですので、度々お会いするというわけにもいきませんが……」
「はい。では、機会がありましたら是非。では、失礼致します」
 電話を気にしている様子の鮫川に気を遣ってか、幹也が早口で言い、足早に出口へと向かう。深く礼をしてから、扉を潜った。
 雄大もまたその後を追い、
「失礼しましたぁ!」
 大きめの声と共に素早く辞去する。
 そして、扉が完全に閉まるのを待って、鮫川は携帯電話での会話を再開した。

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