誤答例

「ようやく一つ目の殺人か」
「あ、やっとそこまでいきました? といっても、まだ十四分経過ってとこだけど。あ〜あ…… これは、名探偵葦乃木幹也を襲うっていう興味深いイベントはなしの方向かしら」
 雅は幹也に不満げな瞳を向ける。彼が順調に読み進めているのが気に入らないのだろう。
 しかし、幹也としてはそのような瞳を向けられても困るしかない。
「ご期待に沿えず、残念です。ところで、中断ついでに少しお話をお訊きしてもいいですか?」
 苦笑して幹也が訊くと、雅は不機嫌さを吹き飛ばして明るい顔になった。名探偵に頼られるのが嬉しいのかも知れない。
「うん、いいですよ。何?」
「第一の殺人に関する雅さんの推理に、クローゼットは登場しますか?」
「ああ、するする! なに? それもぱっと判っちゃったってわけ?」
「いえ、ちょっとした予想であって、確信はありませんでした。それよりも、その推理に西島さんはどう反応しました?」
 訊かれると、雅は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そこは駄目だしのオンパレードでした。桐香ったらさすが理系よね。細かいところにこだわるったら」
「うぅん…… 細かくはないでしょう。読み進めてみないとなんとも言えませんが、おそらく、荒斗の部屋のクローゼットには小物が入ったままだったのではありませんか?」
 幹也が訊くと、雅は何度目になるか判らないが、瞠目した。
「先読みもお茶の子さいさいってわけ? 本当に名探偵ねぇ…… 確かにそうだったわ」
 雅は認め、しかし口を尖らせた。
「でも、小物は後から入れなおしたかもしれないでしょ?」
「それでは、犯人がクローゼットの中にいる間、小物がどこにあったのか判らなくなります。これも予想ではありますが、俊和か果歩のどちらかが部屋の中に誰かいないか、あらためる場面がありませんか? 恐らく、死体発見直後に。そして、クローゼット以外をあらためても、小物も人も、何も発見できない」
「ちょっと違ったわね。たしかに果歩があらためる場面はあるけど、その時点でクローゼットも開けてみて、それで、また小物がなだれてきます」
「ふむ。とすると、小物を詰めなおす時間は全くありませんね。もし詰めなおしたのだと仮定すれば、それは俊和らが部屋で呆けているさなかに為されたことになる。犯人はクローゼットから這い出し、十分ほどかけて小物をつめなおし、クローゼットを閉め、それから部屋から逃げ出したことになる。これは、さすがに現実的ではないでしょう。果歩がクローゼットをあらためた時に、小物が入っていなかったのであれば、犯人はクローゼットに隠れていて隙をみてそこから抜け出し、それで、部屋から逃げ出した。そういう推理も成り立つことは成り立ちましょうが、まず仮定の部分――クローゼットに小物が入っていなかった、という部分が否定されていることですし――」
「……そこまででいいわよ。ふぅ、まったく。ご説ごもっともですよ。桐香にもその調子で論破されたわ」
 苦笑し、お手上げといったポーズをとる雅。
 幹也はそんな彼女を見やり、声をかける。
「まあ、今の話が通じるということは、雅さんも色々と考えて解答を出したのでしょう? 発想的には悪くないと思いますよ。それに、西島さんがどのような推理で納得しないのか、それを知るための指標にもなりますし」
「……それは、微妙にフォローになってませんよ…… ていうか、上から目線だし」
「おっと、失礼」
 苦笑して謝り、それから幹也は再び紙面に視線を移す。
 その様子を目にし、文句を言い足りないながらも、雅は口を閉ざす。
 読書が再開される。

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