茶色い日 Second Season:久遠寺宗輔と西陣来夏の場合
――僕は今年も生き残れるのだろうか……
「おはよー。久遠寺くん」
「おはよう。西陣さん」
始業前に教室にやってきた西陣さん。その手に握られているのは、当然の如くアレだろう。この夏からの親交を因として、アレが普通のアレになっていてくれれば感涙ものなのだけれど、まあ、そんなことはないだろう。
彼女は、アレを僕に向けて差し出し、ここ数日はコレのために頑張っちゃったよ、と可愛らしく言った。
周りの男子何名かが、恨めしそうな目でこっちを見ているけど、違うからな。そんなんじゃないからな。去年と比べて西陣さんの態度が友好的だからって、お前ら騙されてんじゃないぞ!
と、まあ。脳内で暴走してないで、覚悟を決めて受け取るとしよう。
「ありがとう」
礼を言って受け取ると、西陣さんはこちらを期待のこもった瞳で見つめる。彼女は僕より少し小さいから、こちらを見ると上目遣いになるのがポイントだね。可愛さ倍増というか。
……いやいや。現実逃避はこの辺にしとこうか。
さて、目の前にある現実に向き合うときだぞ。本年の気絶チョコは成功するのかどうか……
「頂きます」
ぱくっ。
口の中に泥のような味と感触が広がり、続けて刺すような痛みが襲う。何を入れたらこんなことになるのか皆目見当もつかない。いくらなんでも、妙な薬品が混入されているということもないだろうけど……
しかし、去年と比べて格段にまずいぞ、これは。僕らに勉強を教えつつ、チョコの研究も怠っていなかったってことか…… だけど――
「数日は胃の調子が悪くなりそうだけど、残念ながら気絶まではしないかな……」
「そっかぁ…… 残念」
本当に残念そうに俯く西陣さん。
そんな風にされると、是が非でも気絶をしてあげたくなるのだけれど、そこはそれ。気絶してしまったが最後、来年からチョコを貰えなくなってしまうからね。こっちも必死なわけだよ。
いやまあ、この威力が毎年というのは困りものだけど、けど、貰えないよりは貰えた方が……ねぇ?
「あ、そうだ」
「?」
なんだろう。西陣さんが更に違う箱を取り出した。
「はい。これもどうぞ」
なっ! 二個続けてとは! 前例のない事態が発生したぞ!
まずいな…… さっきのダメージから回復しきっていない身としては、ばっちり気絶してしまう可能性もなきにしもあらずだ。ちょっと水でも飲んで仕切りなおしたいところだけど……
そのように思案していると、西陣さんが両手を振って笑った。
「あ、違うよ。それは気絶チョコじゃなくて…… まあ、いいから食べてみてよ」
よく分からないけど、言われたとおり食べてみよう。
さて……
包み紙を開け、チョコを取り出して口に放り込む。
ぱく。
衝撃が走った。
「普通に甘い……」
「うん。だって、普通に作ったやつだもん」
にこりと笑って言う西陣さん。
つ、つまりこれは……本命チョ――
「夏以来、すっかり仲良しなわけだし、義理チョコくらい渡そうかなぁって…… あれ、どうかした? 久遠寺くん」
「いや、何でもないです……」
そうだよね。そりゃ義理だよね。急に本命に登りつめるとか、どんだけ出世魚なんだよ、って感じだもんね。
ふぅ……
いや、まあ、なんにしても――
「とっても美味しかったよ。有難う。西陣さん」
「どういたしまして」
にっこりと笑って返した西陣さんは、やっぱり可愛かった。