茶色い日 Second Season:有川幹継と来栖志穂の場合

 叶わぬ想いを抱き続けるよりも、彼女の想いを受け止めた方が楽なのだろうけど……

「やっほー。幹継くん」
「ん、どうしたの。来栖さん」
 昼休みに、来栖さんが教室へやって来た。その後ろには西陣さんと御堂さんもいる。三人揃って何の用なのだろうか。
「あ、志穂ちゃーん。俺にチョコを下さい!」
「あはは。直球だね。はい、どうぞ」
「うおおおぉぉおぉお! マジでくれんの!? 言ってみるもんだぜえぇえ! サンキュウゥウ!」
 力斗が来栖さんから渡されたチロルチョコを掲げて騒ぐ。
 言われてぱっと出るってことは、最初からそのつもりで来たっぽいな。まあ、来栖さんは社交的な感じがするし、ちょっと仲良くなった俺達にお恵みがあってもおかしくはない。
「はい。宗輔くんも」
「あ、うん。ありがとう」
 同じくチロルチョコが譲渡される。
 とくれば、俺にもくれるんだろう。いや案外、一人だけなしってこともありえるか?
「幹継くん」
 おっと。順当に俺にもくるのか。まあ、チロルチョコは嫌いじゃないからな。有難く貰って――ん?
「これ、貰って下さい!」
 ……妙にでかいな。えっと――
「これ、チロルチョコ何個入ってるの?」
「え、あ、いや、これは! その、チロルチョコじゃなくて…… うぅ、玲紗ぁ」
 困ったような様子で御堂さんにすがる来栖さん。
 しかし、御堂さんは冷たくその手を払い、
「ちゃんと自分で言いなさいよ。ホントに志穂は土壇場でヘタレね」
 言い放った。
「へ、ヘタレ言うな。けど、うん。頑張る」
 来栖さんは拳を握り締め、言い切った。そして、こちらへ向き直る。
 彼女の頬は紅潮しており、さすがの俺でもその後の展開は予想できてしまった。困ったことに。
「あのね、幹継くん! それは、義理じゃないの! 本気なの!」
 ……………そうなってしまうんだろうな。
 ふぅ。これは、仕方がないけれど――だな。
 俺は来栖さんを真っ直ぐと見つめ、口を開く。
「有難う。けど、これは受け取れない。ごめん」
 手の中にあったものを、返す。
 来栖さんの顔から、さすがに笑顔が消えた。けど、それも一瞬のことだった。
 直ぐに、明るい――いや、から元気なんだろうな、さすがに。それでも、笑顔が彼女の顔に貼り付けられる。
「あ、あはは。そっか。あー、それは残念だなぁ。あ、ちょっと用事があるんで、その、じゃね!」
 たったったったったっ!
 教室から駆け足で去っていく来栖さん。
 ……ふぅ。
「おい! 幹つ――へぶしっ!」
 おそらく俺の名前を叫ぼうとしただろう力斗が、なぜか面白い感じに言葉を止めた。瞳をそちらへ向けると、彼は頬を押さえて痛がっている。
 どうしたんだ?
「ちょ、ちょっと、玲紗。何してるのよ」
「……ここで有川幹継に噛み付くのはおかしいだろう、ってことで、強制的に黙らせたのよ」
 ……なるほど。どうやら、御堂さんが殴ったらしいな。
 まだ、責められた方が楽なんだがね。
「有川幹継」
「何?」
「誰か好きな人がいるわけね?」
「……ああ」
「さっきのは、志穂のことを想った結果だと信じていいわけよね?」
「ああ」
「ありがとう」
 礼を言われるようなことじゃないと思うけどね、本当に……
「じゃ、私はこれで。あ、宗輔。これやるわ。言っとくけど、ド義理だから」
 御堂さんは宗輔の手に市販の板チョコを置いて、去った。その後を西陣さんが追い、教室には本来ここにいる者たちだけが残される。
 宗輔は何やらオロオロしているし、力斗は噛み付いてこないまでも不機嫌そうだ。他のクラスメイトは、ただ好奇の瞳を向けている。
 なんだろうな。あれだ。
 俺は、一般的に言うところの――馬鹿なんだろうな。

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