茶色い日 Second Season:刈谷力斗と御堂玲紗の場合

 取り敢えずでも安心したら、ふざけたくなるのはなぜだろう。

「なんか用? 刈谷力斗」
「んー、なんつーか…… 志穂ちゃんはどんな感じ?」
 放課後、ちょうど教室から出てきた玲紗ちゃんを掴まえて訊いてみた。来夏ちゃんの方がしっかり対応してくれそうだけど、先に玲紗ちゃんに会っちゃったんだから仕方がない。
「別に。元気よ。から元気だけど」
「やっぱ落ち込んでんの?」
「そりゃそうじゃない? チョコつき返されて、それでその日のうちに復活できるほど志穂も図太くないわよ」
 まあ、それはそうだろうなぁ。ていうか、そんな調子でしばらくいたら、結構やばくねぇか。
 前期試験まであと十日くらいだろ? へこんだ状態で勉強に身が入らず、落ちて、更にへこんで、後期試験にもその状態で突入し、やっぱ落ちて、やけを起こして非行に走るとか…… もしくは自殺なんて……
「もしもし。刈谷力斗?」
「へ! あ、何!?」
 思わず鬱々と考え込んでいると、いつの間にか目の前に玲紗ちゃんの顔があった。び、びびったぁ。
 動転していて少しばかり挙動不審な俺にはかまわず、玲紗ちゃんが口を開く。
「あんた、勝手に暗い未来予想してない?」
「……してた」
 正直に答えると、玲紗ちゃんは冷めた瞳をこちらに向け、はっきり、馬鹿、と口にした。
「けど、今のままじゃ入試とか――」
「志穂との付き合い浅いくせにナマ言ってんじゃないわよ。志穂は馬鹿で諦めが悪くて負けず嫌いなの。直ぐに粉骨砕身して、次の機会を狙って目つきギラギラになるわよ。一度失敗した方が燃える性質なんだから」
 今日は無理だろうけど、と苦笑する玲紗ちゃんは、とてもいい友達に見えた。
「だから大学入試もその勢いでいけるわよ。寧ろ、今回のことで合格率が上がったかもね」
 ……そか。まあ、幼馴染がそう言ってんだから、そうなんだろうな。俺の出る幕じゃない、か。
「ああ、そうだ」
 そこで玲紗ちゃんが、突然言った。何だろう?
「あんたのアレも、一応志穂のことを考えてくれた結果なのよね。だから謝っとく。叩いてごめん」
 ああ、昼休みの……
「別にいいよ。実際、あそこで幹継に噛み付くのは違うし。寧ろ助かったよ」
「あそ。じゃ、この話はこれで終わりね」
 そう言って、玲紗ちゃんは軽く手を振り、水飲み場の方向へ歩いていく。
 俺は、まだ一つだけ、どうでもいい用事があったので、追う。
「何よ。刈谷力斗。迷惑防止条例法違反で通報されたいの?」
 要するに、お前はストーカーか、と言われているのだろう。是が非でも否定しておきたいところだ。
「いやぁ、通報は勘弁してほしっかなぁ」
「じゃあ、ついて来ないでよ」
 うん。ごもっともな意見だ。しかし、今日という日を踏まえた上で、お約束の要求をするくらいのおふざけはさせて貰いたい。
 昼休み以来、何だか俺らしからぬ空気の張り詰めっぷりだったからな。ちょいと息抜きといきたいわけさ。志穂ちゃんは安心だと判ったことだし。
 というわけで――
「悪ぃ子はいねぇがあぁ! 悪ぃ子はチョコ渡さねぇど喰っちまうぞおぉ!」
 …………………………
 個人的には結構な迫力を出せたと思うんだけど、玲紗ちゃんは冷めた瞳でこちらを見るだけで微動だにしない。ちょ、ちょっとくらい反応が欲しいかなぁ。
「えと、玲紗ちゃん? 要するに、知り合いのよしみでチョコを頂戴できないかなぁと、そういう話なんだけど?」
「一昨年来やがれ」
「うわ。一昨日よりも無理度が高そうだ」
「無理度が高いっつうより、百パー無理」
 て、手厳しいなぁ。
 まあ、ちょっとふざけたおかげで、いつものペースを取り戻せた気がするし、目的は達したがね。勿論、チョコもできれば欲しかったけどさ……
「……その調子で、あんたは寧ろ、有川幹継を引っ張りあげてあげれば?」
「……? 幹継を?」
 志穂ちゃんのチョコ拒否ったことを気にしているんじゃないかとか、そういうことかな?
「けど、志穂ちゃんに比べればダメージ小さいと思うけど?」
「ただの予想だけど、あいつの好きな相手って面倒な奴かもしんないわよ。好きな奴がいるのかって訊いた時の反応が、少し妙だった。色々と不安定そうで、有川幹継こそ、気もそぞろな感じで入試落ちそうだと思うわよ」
 一応参考までにね、と結んで、今度こそ玲紗ちゃんは足早に去った。
 先の話が気になったので、もう少し詳しく話したかったけれど、ここで更に追ったらまた殴られそうな予感がしたので止めた。この予感の的中率はほぼ百パーセントに近いことだろう。
 それはともかく…… ふむ。幹継が、ねぇ。
 道ならぬ恋――不倫か? 幼女趣味か? 寧ろ、男色か?
 ものによっては、詳しく訊かない方がお互いのため、って気がするな……

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