茶色い日 Second Season:終わり行く一日

 製菓会社の陰謀が渦巻く一日が終わろうとしている……

 ここ最近毎日やっていた勉強会は、さすがに中止となった。
 ただ、昼休み以来不機嫌そうだった力斗は、寧ろ機嫌がよさそうに幹継に対しているし、空気は全く重くない。僕らはいつもと同じように帰宅していた。
「なあ、お前んちの近くに小さい女の子っていたっけか?」
「は? 何だよ、いきなり。まあ、探せばいるだろうけど、いちいち憶えてないぜ?」
「そか。なら、俺や宗輔のことは好きか?」
「……何を気味の悪いこと訊いてんだ?」
「ふむ。男色でも幼女趣味でもなさそうだな…… なら、人妻は好きか?」
「十代の人妻ならな」
 ……………
 いや、すみません。訂正します。『いつもと同じように』ではないです……

 ふむ…… どうにも道ならぬ恋とやらではなさそうな気が……
 玲紗ちゃんの考えすぎか?
 いや、他にも道ならぬ恋に種類があるかもしれねぇしな。さて、何かあるかな?
 ……………
 あ! もしや、教師か? 担任の八代ちゃんとか充分あり得そうだしな。
 むー。しかしそうなると、生徒と教師の禁断の愛な上に、年の差が二十――はさすがにないか。けど、十五くらいの差はあるはずだな。
 こいつぁ道ならねぇな……
 てか、教師が相手となれば、高校を卒業すれば大概お流れになるだろう。するってぇと、志穂ちゃんにもまだまだチャンスがあるわけか。彼女は諦めが悪いそうだし、大学に入ってからってことが可能――
 って! ちょい待て、俺! 何を完全応援体制に入っているんだよ!

 力斗に来栖さんのことで詰め寄られると思いきや、なぜか妙な質問ばかりをされた。俺の口から何を聞きたいのやら……
 まあ、それはともかく、俺が心配するのも妙な話ではあるが、来栖さんは大丈夫なのだろうか。彼女の性質からして、いつまでも今日のことを引きずるタイプではないだろうと考えたが、それも絶対ではない。もしかしたら、俺の予想が外れて後々まで引きずってしまうかもしれない。それで受験失敗などということになろうものなら、責任を感じずにはいられない。
 ……いや、何を手前勝手なことを、って感じか。
 どんなことを今考えて、心配していようと、俺が来栖さんを袖にしたのは事実なんだ。今更善人になろうとするな、だよな。
 ああ、そうだ。帰宅後のことを考えよう。
 今日――は、バレンタイン当日なことだし、さすがに彼氏と一緒にいるのかな、姉さんは。とすると、明日の朝には本命からチョコを貰えるかもしれない。ははは、楽しみだな。
 ……ふぅ。空しすぎ。

 今日は帰りにカラオケに寄ることになった。まあ、さすがに今日くらいはいいだろう、と私も思う。
 失恋の辛さを吹き飛ばすためじゃなくて、これから新しく、強く、再出発するための仕切りなおし。そのように、志穂が先ほど宣言した。そして、先陣を切って前を進んでいる。
「歌うぞー! とにかく歌うぞー! 大塚愛とか歌うぞー!」
「じゃあ私は、失恋ソングメドレーを頑張るわ。志穂。あなたに捧げます」
「あははー。喧嘩売ってるー?」
「うん。売ってるー」
 じゃれだす志穂と玲紗。
 玲紗のアレはわざとだし、わざわざ止める必要はない。とすれば、私がとるべき行動は、カラオケで何を歌うか考えることね。……mihimaru GTとか、どうだろ? 失恋ソングじゃないよね、アレ。

 ふむ。予想通り、志穂は大丈夫そうね。明日にはケロっとしている、とは言わないまでも、それほど気にしていないことでしょう。有川幹継とも普通に話ができる状態になるんじゃないかしらね。
 それよりも、刈谷力斗にも話したけれど、あの男の方が大丈夫なのかしらね。どうにも駄目そうな印象を受けたんだけれど……
 何て言うのかなぁ。元々見込みがない相手なのに、その相手への想いを貫くというあほらしい意地のために、志穂の申し出を突っぱねたのが、彼自身を痛めつけたような、そんなことになってた感じがあったのよねぇ。そこで問題になってくるのが、有川幹継が想っている相手、無理っぽい相手が誰なのかだけど、もしかしたら――
「ところで志穂。無神経にも訊くけど、有川幹継には綺麗な姉さんがいて、随分と仲が良さそうだったのよね?」
 この前の月曜くらいに、そんな話を聞いた覚えがあった。
「確かに、感心してしまうほど無神経ね。さすが玲紗」
 志穂が言う。
「うるさいわね。それより、どうなのよ」
「はいはい。そうね。まあ、そんな感じだったわよ、うん」
 ふむ。重度のシスコン説も、あり得るかしらね。

「えがおさクぅー! きみぃーとぉー、つーながあぁてーたいっ!」
 テーブルに足をつき、斜め上を見ながら叫ぶように歌う。あたし的にベストな歌い方である。他の人には歌いづらそうと評判だけどね。
 しっかし、普段はこんな歌よりも、80年代歌謡曲縛りとか、音程に無茶のある歌縛りとか、悲恋的内容の歌詞縛りとか変なことやってるから、ここまでテンションあがる系ばかり歌ってるのは本当に珍しい。
 来夏、そして意外や意外、玲紗までもそのような感じなので、そのつもりはなくても、この場はあたしをバッチリ浮上させるためのものになっている。有難いことね、ホント。
 まあ、あれよ。振られはしても、まだアピールを続けるチャンスはあるわけだしさ。だって、嫌いだから関わるな、とかはっきり言われたわけでもないもんね。
 それでも、しばらくは受験に集中して、なるべく考えないようにはしよっかな。で、受験が終わったらそこからアタック再開!
 ふっふっふっ。あたしは一度こけてからが本番よ!
「とーなーりどおし、あーなーたーと! あーたしさくらんぼーーーっ!」

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