茶色い日 Second Season:View of Raika

 ちょっと食べてみたかったなぁ…… 残念かも……

 待ち合わせの場所に着いたのは九時半――約束の時間の三十分前だった。
 うーん…… どうも私、こういう時に早く来すぎちゃうんだよねぇ…… ま、暇つぶし用に文庫本持ってきたからいいけど。
 さて――
 …………………………
「来夏」
 本に集中して文字を追っていると、ふいに声をかけられる。視線を上げると、そこにいたのは小学校からの親友と、小学校の時からの被害者。
「あ、玲紗。それに久遠寺くんも。おはよう」
 それぞれに挨拶を返す。
 それを受けてから、彼らは私の隣に腰掛けた。一応平日の朝だし、駅前と言っても人通りはあまりない。空いているベンチは山ほどあった。
「さて。ではさっそく、宗輔の告白タイムね」
 へ?
「ちょ、御堂さん。そんなんじゃないってば」
「いいから。さっさと出しなさいよ」
 何やら仲良しな二人――と評していいんだよね。久遠寺くんが疲れた顔しているけれど……
 がさごそ。
 玲紗に促された久遠寺くんは鞄を探り、一辺十五センチほどの正方形の箱を取り出した。
 あ、そか。今日は――
「はい。西陣さん。先月はありがとう。これ、お返しだよ」
 ホワイトデーだったね。
「わー。わざわざありがとう」
「ちょい、宗輔。それ、私のとどこが違うのよ?」
 玲紗が訝しげに口を開いた。
 あ、玲紗はもう貰っているんだ。けど、玲紗のと私のが同じものだからって、別に不思議でもない気がするけど……
「ああ。見た目だけじゃ分かりづらいよね。実は西陣さんのやつはちょっと変わってて、入っているチョコがひとつだけ辛子味なんだ。いわゆる、ロシアンルーレット式」
 へー。面白そう。私があげたチョコに対するお返しとして、何となく合ってる気もするし。
 ぼごっ。
 と、そこで鈍い音が聞こえた。
 何事かと瞳を巡らすと、玲紗が久遠寺くんのお腹に拳を埋めていた。
「えっと…… 玲紗?」
「あほ宗輔! そんなんで来夏が落ちるか! てか、来夏に何変なの食わそうとしてるのよ!」
 一気に捲くし立てる玲紗。
「いや、あの…… 私もそんなに柔じゃないし、大丈夫だよ?」
「ごほごほっ!」
 咳き込んでいる久遠寺くんを横目に、一応のフォロー。
 玲紗は憮然とした表情のままこちらを見、それから、深くため息を吐いた。そして、まあ来夏がそう言うならいいけど、と呟く。
「大丈夫? 久遠寺くん」
「……なんとか」
 存外元気そうな笑顔を見せる久遠寺くん。玲紗も手加減という言葉を覚えたらしい。
「あ、そだ。これありがとね。開けてもいい?」
「うん。どうぞ」
 許可が下りたので、箱の中身を取り出す。ホワイトチョコが十二個入っているみたい。
 一見すると、どれも普通のホワイトチョコにしか見えないけれど……
「辛子味のやつは、辛子チョコがホワイトチョコでコーディングされているみたいだよ。見た目だけじゃ分からないようにしてるって」
 なるほど…… まあ、そうじゃなくちゃ面白くないよね。
「さて。それじゃ、さっそくロシアンルーレットチョコ大会といこっか。志穂や刈谷くん、有川くんはあとから合流ってことで、直ぐに開会!」
「私はパス。食べ物には保守的なもので。自分が貰った分を食べるわ。宗輔、開けるわよ」
「あ、うん」
 玲紗は久遠寺くんの返事を受けて、鞄から箱を取り出して開ける。その中身は、私が貰ったやつとの見た目の違いが全く分からなかった。こっそり交換したとして、絶対に気付かないだろう。
 と、そんな考察はともかく、大勢でやった方が楽しそうなのになぁ…… ロシアンルーレットチョコ大会……
 って言っても、嫌がるのを無理やりに、っていうわけにもいかないか。
「じゃあ、しばらくは久遠寺くんと私の一騎打ちね。負けないよ」
「はは。お手柔らかに」
 そう口にして、私たちはそれぞれ一つずつチョコを手に取る。
 さて。これははたして当たりなのか――と、そういえば。
「ところで、この場合辛子チョコは当たり? はずれ?」
「それは、やっぱりはずれじゃないかな? 普通なら食べたくないものだし」
 そっか。けど私は、辛子チョコを食べてみたいなぁ、とも思ってるから、はずれを引いたとしてもあんまり悔しくないかな。
 ま、それはともかく。
「じゃー、辛子チョコを当てたら負けね。では、いざ尋常に――勝負!」
 私の合図に伴って、一斉に口にチョコを放り込む。
 ぱくっ!
「ぐっ」
 そこで聞こえた呻き声。
 私ではない――とすると、久遠寺くんが、ということになるはずだけど……
 なぜか、先ほどの呻き声は随分と高かった。まるで、女の子の呻き声みたいに――
「……宗輔」
 玲紗が言った。
 彼女は自分の手の中に納まっている箱を検め、目つきを鋭くした。
「えっと…… 何?」
「来夏に渡す予定だった――辛子チョコが入っている箱には、実は赤い丸の目印がついていたりしない?」
「……うん。ついてるはずだよ」
「……そう」
 えーと…… これはもしかして……
「み、御堂さん? もしかして、その箱に赤い丸さんが――」
「ついているわね」
「それでその…… 今、御堂さんが口にしたチョコが――みょーに辛かったり?」
「したわね」
 やっぱりねぇ……
 うわぁ。玲紗の目つきが近年稀に見るヤバさだわ。
 えーと、何ていうか…… 二人とも、どんまい。

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