茶色くも白くもない日 大学入学編
大切だと思える人たちさえ居れば、他に誰が必要だというのだろう。
桜舞う麗らかな春の日。晴天から差す光が大地を祝福し、世の人々の門出を応援しているかの如きであった。
そのような良き日に、私たちは地元の大学に入学する。私たちというのは、私こと御堂玲紗、友人の西陣来夏、来栖志穂、久遠寺宗輔、知人の刈谷力斗、有川幹次の6名である。
待ち合わせ場所へ赴くと、既に来夏と宗輔がいた。来夏はいつも待ち合わせ時間よりも30分くらい早く来る。宗輔にはそのことを教えておいたので、上手い具合に2人きりになれていたようだ。あとで何か奢らせよう。
「おはよう。来夏、宗輔」
「あ、おはよ。玲紗」
「おはよう。御堂さん」
適当に挨拶を交わし、駅前のベンチに腰掛ける。
さて、せっかくだし、2人の仲がどの程度なのか探りを入れてみよう。宗輔はへたれ100%なので、あまり期待はできないけど。
「ところで、何だか盛り上がっていたようだけど、何を話していたのかしら?」
「サークルのこと。何入ろうかって。玲紗はどうする?」
また無難な会話をしていたものである。さすが宗輔。期待を裏切らない男だ。
それにしてもサークルか……
「考えてなかったわね。基本的には入らないつもりだけど」
「集団行動に対する積極性のなさは玲紗らしいけど、せっかくだし一緒に何か入らない? あたしはねぇ。お菓子を作るサークルとかあったら入りたいなぁって思ってるんだ」
正直、あまり興味はない。とはいえ、来夏と一緒だというなら入らないこともないけれど。
というか――
「来夏。お菓子系のサークルって、人を気絶させるお菓子を研究してるわけじゃないと思うわよ?」
「いやいや、知ってるよ! そんなの期待していないし!」
何とまあ、それは意外だ。
この西陣来夏は小学生の頃から10年程、現在共にいる久遠寺宗輔をバレンタインチョコレートでノックアウトすることを目標にしている。この説明のみだと来夏が宗輔に惚れているかのようだが、そういう意味ではない。
ノックアウトとはつまり、文字通りの意味、気絶を意味する。来夏はチョコレート菓子で男を気絶させようとしているのだ。当然、彼女の作るチョコレートは極限のまずさを有している、らしい。
「あたしだって気絶チョコだけじゃなくて、普通の女の子らしい、おいしくて甘いスイーツに興味持ってるんだからね」
「普通の女の子、ね」
思わず呟く。語尾に(笑)とでもついていそうな声が出てしまった。
「れーいーさー!」
「あら。どうかした? 来夏」
「お、落ち着いて。西陣さん。御堂さん」
弱々しく言う宗輔。さすがへたれ。
「おっす、皆。って、宗輔! ハーレムとはうらやますぃ!」
……うざいのが来た。
見なかったことにしてガン無視したい男の名は刈谷力斗。宗輔の友人だ。私の友人では決してない。
「何言ってんだよ、力斗」
「おはよー。刈谷くん」
宗輔、来夏がそれぞれ言った。
「おはよ、来夏ちゃん。時に志穂ちゃんは?」
キョロキョロと辺りを見回しつつ、刈谷力斗は尋ねた。
応えるのは宗輔だ。
「来栖さんはまだだよ。幹継もね。あの2人はいつもぎりぎりだろ」
「そか。えーと集合時間は8時だから、あと5分か。さて、間に合うか」
呟き、志穂と有川幹継の家がある方向へ瞳を向ける刈谷力斗。つられて皆、そちらを見る。
志穂は恐らく、有川幹継と偶然を装って一緒に来るために待ち伏せしている最中だろう。まったくもって迷惑な女である。ストーカーとして通報されなければよいけど。
ため息をつきつつ、志穂の将来に不安を覚えていると、ようやく2人が曲がり角を抜けて駆けてきた。
「ごっめーん! みんな、おはよーっ!」
「悪い! 遅れた!」
それぞれに叫びつつ、志穂と有川幹継が到着した。時計の針は8時1分を示している。
「1分の遅刻だから100円ね。帰りにマックシェイクを奢ってもらおうかしら?」
「1分100円って酷くない!? せめて1円!」
「1円じゃ何も買えないじゃない。そんな意味のない罰金は不可。シェイクが嫌ならチーズバーガーでもいいわよ」
「20円増えてる!」
往生際の悪い志穂。
そんな彼女に呆れているのだろう。皆苦笑している。その視線が私にも向いているように感じるのは、気のせいだ。
受験の時にも向かったことがあったため、K大学へ到着するのに迷ったりはしなかった。敷地内に入ったあとも、入学式の会場へ至る道順が要所要所で丁寧に記されていたため、順調に進むことが出来た。
結果、僕たちは想定していたよりも早く会場に着いた。
「8時30分。早く着きすぎたわね」
御堂さんの呟き。入学式が9時30分からであることを考えると当然の感想だった。
皆、困ったような顔で頷いている。会場の外で突っ立って話しているのも妙な光景だろう。しかし、会場に入ってしまったらしまったで、学部ごとに出席番号順で座ることになっているため、集まって話していたら妙に目立ってしまう。
辺りを見回しても、小さな森のようになっている場所や建物が乱立している場所しか目に入らず、ゆっくり出来そうな場所はない。ベンチのひとつでもあればいいのだけれど……
「もう会場入っちゃう? 式の前から学部の人と仲良くなっとくのもアリじゃない?」
言ったのは来栖さんだ。
僕としては、そういうのは後回しにしたいなぁ。人見知りじゃないけど、最初の声かけが苦手なんだ。
ちなみに、僕は農学部。力斗は医学部。幹継は経営学部。西陣さんは教育学部。来栖さんは看護学部。御堂さんは文学部。全員が違う学部だ。
「……志穂」
そこで、入学式の席順が記された紙と睨めっこしていた御堂さんが口を開いた。
ばっとその紙を広げて見せ、看護学部の区画を指さす。その後、指を遷移させて直ぐ隣の学部を示す。その学部は経営学部だった。
「ここで解散したあと有川幹継の席に行って親睦を深めようとか思ってるでしょ?」
「えー、何言ってるか分かんなーい」
「死ね」
容赦のない言葉が放たれた。御堂さんはたまに……いや、割としょっちゅう怖い。
自分の学部の席へ行くと、まだ人が少なかった。並んだパイプ椅子に座っている人影がちらほら見えるのみだ。あたしの席の周りも、まだ誰も来ていない。わざわざ離れた席に行ってまで話しかけるのもちょっと具合が悪いなぁ。
さて、どうしよ……
「来夏」
そこでやって来たのは玲紗だった。玲紗の文学部は結構離れた場所にあった気がするけど……
「文学部もあんまり人来てなかったの?」
「ううん。それなりに居たわよ」
尋ねると、想定外の応えが返ってきた。
「……周りの席は?」
「埋まってたわ」
「それで何でここに来たの?」
「どうでもいい人間に話しかけようとは思わない主義なの。来夏も知ってるでしょ?」
うん。まあ知ってるけど。でも、そろそろ社交性皆無のそういう思想はどうにかして欲しいと、友人として心配しているのだ。
よしんば大学はそれでよくても、社会に出てそれはちょっと厳しいだろう。
「そう言わずに話しかけてみなよ。何ならあたしも付き合うから」
「……嫌よ。面倒。それより、宗輔のとこにでも行ってみない?」
はぁ。徐々にどうにかしていくしかないかなぁ。
志穂と久遠寺くんにも後で相談してみよう。今のとこ、玲紗と仲良いのってあの2人くらいだし。
入学式が終わった。無駄に長い話をする老人どもが鬱陶しいことこの上なかった。小学校、中学校、高校と続いて、大学までも無駄に話の長い大人ばかりというのはさい先の悪い事実だ。これまでのように、朝の集会や全校集会のようなものがあまりないことを祈ろう。
さて、この後は学部ごとに見学をして、昼ご飯も学部ごとだという話だったな。午後は各サークルの自己紹介を、やはり学部ごとに聞くらしいし、今日はもう学部ごとでしか行動しないようだ。それらが全て終われば、各自でサークル見学をしてよいという話だったから、そこからは自由に行動できそうだが。
まあともかく、今日1日を独りで過ごすのは厳しいものがあるし、周りの人間に適当に声をかけるとするか。
「あー、すまない。よかったら今日1日、一緒に行動しないか?」
「ん? ああ、いいよ。周りに知り合い居なくて困ってたし。よろしくな」
「あぁ。よろしく。っと、俺、有川幹継」
直ぐ隣にいた男と、あと数名を加え、男4名、女2名で行動することにした。今日だけのつきあいになるかもしれないが、まあ、取りあえずは暇をもてあまさずに済みそうだ。
お昼ご飯は立食パーティーのような体だった。大学1年となると通常は18歳であるため、お酒は出されない。バイキングで定番のおかずとご飯をおのおのが取り分けて席に着く。私は道すがら仲良くなった数名とテーブルを囲む。
看護学部となると男子はあまりおらず、全員が女子だ。まあ、私には幹継くんが居るのだから、女子全員で集まっていた方が楽でいい。へたに男子がいると気を遣うもんね。
「来栖さんは地元なんだよね−。通学楽そうでいいなぁ」
そういった子は電車で2時間かかるところから通うらしい。そこまで遠いのなら1人暮らしした方がいいんじゃないかって気もするけど、親が厳しいらしい。
「あはは。近さだけで選んだからねー。あ、志穂でいいよ」
「そう? じゃあ、志穂ちゃんって彼氏いる?」
きゃっきゃっと楽しそうな声を出しつつ、隣に座っている子が言った。
「えー。いきなりだなぁ。んとね−。彼氏ってゆーかー。イイナって思う人はいてー。彼もK大学に来てるんだよねー」
「学部は学部は?」
他の子も食いついてくる。
「経営部」
「きゃー! じゃあ志穂ちゃん。将来は社長夫人だー!」
経営学部の人間は全員社長になるのだろうか? そこら辺よく分かってない。てゆーか、全員が全員社長にはならないだろう。
とはいえ、ここは適当に話を合わせてテンションを上げるところかと……
「うんうん! 志穂ちゃん頑張っちゃうよ!!」
医学部って思った以上に医者の息子、娘が多いのな。普通のサラリーマンの息子な俺はものすごくアウェー感。
まあ、同じような奴ら見つけてつるんでるけど、なにやら蔑視されているような気がする。被害妄想だとは思うんだが……
「あの偉そうな奴、地元の大病院の息子らしいけど、力斗知ってっか?」
尋ねられ、示された先に瞳を向ける。
そこにいたのは中学で一緒だった奴だ。嫌みばかり口にする奴だったと記憶している。彼はその頃、友達どころか行動を共にする人間も少なかったが、今日は既に十数人の取り巻きがいる。権力っつーのは偉大だねぇ。
「中学が一緒だな。高校は向こうが有名私立に行ったから知らねー」
「どーゆー奴だった?」
「見た通りの奴」
端的な説明。しかし、みんな納得してくれた。分かり易くてベストな説明だったと言えよう。
ふぅ。ああいうコネ作りみたいなのやらにゃいかんのかなー。めんどくせー。
現在14時。サークル紹介は15時までという話なので、あと1時間は我慢しなければならない。
私は友人を作るのが下手だ。知らない人間どころか、知っている人間に対しても、まずは敵愾心を抱くのが常なのだ。ゆえに、このような初顔合わせの場で友人どころか知人すら出来ないことは自明であった。
サークル見学は来夏と志穂、宗輔、ついでに刈谷力斗と有川幹継と共にまわることにしている。15時30分にカフェテリアで待ち合わせる予定だ。
……まだ14時5分。
「猫を愛でる会です。我々は猫の正しい飼い方や猫用の応急処置などについて勉強しています。とはいっても、それほど難しいことをするわけではありません。部室で飼っている猫もいますので、猫が好きな方はお気軽にご訪問くださればと思います」
妙なサークルがあるものである。大学とはこういうものなのだろうか。
にゃー。
実際に、部室で飼っているという猫が現れた。彼女を抱いた者が、我々文学部生のいる教室をまわり、各々に撫でさせている。私のところにも来たので、義理で少しだけ触る。触り心地はいいが、サークルとして活動して愛でる程の存在ではあるまい。
正直なところ、まったく理解できない。
そのサークルの猫パフォーマンスで20分が経過した。入学生が何名も猫の魔力に取り憑かれ、必要以上に愛でたためだ。理解できない。
あと30分。
「宇宙交信会です。宇宙人に会いたい方、宇宙の神秘に魅せられた方、ミステリーサークルが好きな方。宇宙に関係する何かに興味がある方は、是非我がサークルへ入会ください。活動場所は、今配っている紙に書いてあります。よろしくお願いします!」
代表の言葉に伴い、教室にやって来ていた会員たちが一斉に頭を下げる。
しかし、入学生一同の反応は鈍い。当然だろう。怪しすぎる。カルト宗教の勧誘と同レベルではないか。もうちょっとサークル名に気をつけて、活動内容もぼかせばいくらかマシになるかと思うのだが。
まあ、私には関係ないか。
あと20分。
「SLSです。名前はスイーツ・ラヴ・サークルを略したものです。ネーミングセンスがないのは自覚しているのでつっこまないで下さいね」
小さく笑いが起きる。何とも義理堅い奴らが揃っている。
それはともかくとして、このサークルが今のところ1番来夏の希望に添っていそうだ。あとは活動内容が気になるところだが……
「基本的にはお菓子を作って持ち寄り、雑談しています。カフェテリアの厨房を土日に借りることが出来るので、土日にはお菓子作りの指導なども行います。食べる専門の方、作るのも好きな方、どちらも1度見学にいらしてください」
ふむ。なかなか来夏が気に入りそうな活動内容だ。来夏は作るのも食べるのも好きなはず。
「では、今日はクッキーを持ってきましたので、お配りします。1枚ずつ取って下さい」
壇上に上がっている女性の言葉に伴い、教室中にばらけていた面々が動き出す。手にはカゴが下がっており、その中には四角形、菱形、ハート型のクッキーが詰まっている。
ぱりっ。
1枚とって口にすると、適度にぱりっとしていて、適度に柔らかい、個人的に好きな食感だった。甘さも控えめで食べやすい。悪くない味だ。
「では、これでSLSの紹介を終わります。よろしければこの後、是非見学に来て下さい。待ってます」
ぺこりと1礼して、彼らは去って行った。
ここで14時55分になった。生徒会の人間が解散を告げ、学部としてまとまって動くのはそこまでとなった。あとは各々自由に行動してよいとのことである。
よし。カフェテリアへ行こう。
15時10分くらいにカフェテリアへ向かうと、御堂さんが独りで座っていた。険しい表情で携帯電話をいじっている。
……何が気に入らないんだろう?
と、取りあえず声をかけてみようかな。
「や、やあ、御堂さん。何か嫌なことでもあった?」
「? 別に何も。突然なんなのよ、宗輔」
そうなのか。見た感じでは、あらゆることが気にくわねぇといったような表情だったけど……
まあ、本人が何もないというのだからそうなのだろう。あまり突っ込んで藪の蛇を突っついても困る。この辺で大人しく納得しとくのが吉に違いない。
「いやぁ、何でもない。他の皆は?」
「まだ来てないわね。来夏が来てなくて残念だったんじゃない?」
ぶふぅ!
途中で買って飲んでいたジュースを吹いてしまった。しかし、咄嗟に顔を逸らして、御堂さんに向けて吹くことだけは避けた。
「汚いわね」
「ご、ごめん。こほっ。ていうかアレだね。御堂さん、ちょくちょくそのネタはさむよね」
「ネタというか、基本的に私は応援してるのよ? 来夏も宗輔も好きだし、2人がくっついてくれれば友人の彼氏彼女という面倒な人付き合いが増えなくて済むし」
腕を組み、うんうん、と頷いている御堂さん。
というか、この話し様、御堂さんって人見知りするのかな? 確かに力斗と幹継とは未だ打ち解けてない感はあるけど、初対面の時から問答無用の話しぶりだったような記憶がある。となると、人見知りとも違うかな?
あー、警戒心の強い、懐かない猫みたいな感じか。
「……宗輔?」
「は、はい!」
「今、何か失礼なことを考えなかったかしら?」
読心術!? いや、僕が顔に出していただけだ。きっとそうだ。そうであって……欲しい。
とにかく、誤魔化さないと。
「や、そんなまさか。皆、遅いなぁって思ってただけだよ。あははははは」
「……………………………………」
疑わしげに、じいいぃいぃい、っとこちらを睨み付ける御堂さん。
やっぱりこの子、怖い……
「何してんの? 来夏」
カフェテリアへ向かう道すがら、物陰に隠れている来夏がいた。
「あ、志穂――と、有川くんに刈谷くん。一緒だったんだ」
「ああ。途中でばったり会ってね」
「うんうん。偶然だよなぁ!」
幹継くんと会ったのは当然ながら偶然ではない。経営学部がサークル紹介を受けている棟の外でスタンバっていたのだ。
はいそこ! ストーカーじゃなくて恋する乙女!
ちなみに、力斗くんは100%偶然。少なくとも私は意図していない。
「それはともかく、もう1回訊くけど、何やってんの?」
カフェテリアは目の前だ。ここで物陰に入っている理由が見当たらない。さっさと待ち合わせ場所へ向かえばいいだろうに。
「しっ! 皆、隠れて! 今出て行くのは野暮ってもんだよ!」
抑えた声で叱咤し、来夏は私たちを物陰に招き入れた。狭い物陰に4人も入れるかってーの。
陰に入らず、しかし頭だけは下げて来夏の視線を追う。
「……玲紗が鬼も逃げ出す眼力で宗輔くんを殺そうとしている場面しか見えないんだけど」
「俺にも」
「同じく」
幹継くんも力斗くんも同意してくれた。
しかし、来夏だけは不満そうに頬を膨らませている。
「何言ってるのよ、3人共。最近、玲紗と久遠寺くん仲良いし、あれは間違いなく目と目で愛の会話を交わしているに違いありません」
間違いありまくりの思考回路である。あり得ない。そもそも宗輔くんはお前狙いだろ、と突っ込みたくて仕方がない。勿論、しないけど。
他2名も同様の感想を抱いているのだろう。困ったような表情を浮かべている。
さて、どうしたものか。
ともかく、待ち合わせ場所へ向かおう。もう15時30分になる。
「馬鹿なこと言ってないで行くよ。まったく、普段鈍い奴が慣れない恋愛ベクトルキャッチしようとするから碌でもないことになるんだっつーの。自重してよね」
「え? 何かあたし、酷いこと言われてない?」
「気のせい。さー行くよー」
言い切ると、納得してなさそうながらも、来夏は大人しくついてきた。
さて、まずは玲紗の機嫌を直さなくちゃ。
おかしいなぁ。絶対そうだと思ったのになぁ。
志穂の後ろを歩きながら、首をかしげる。
玲紗が男の子と仲良くなるのなんて初めてだし、殺意すらこもっていそうな熱烈な視線を送ってるし、何より久遠寺くんっていい人だし。
でも違うらしい。こういうのは志穂の方がよく分かるし、当たる。だから、たぶん違うんだろう。
「どうしたの、来夏。変な顔して」
玲紗が訝しげな顔をして言った。ちょっと不機嫌そう。
……久遠寺くんが怒らせたのかな? でもそういう不機嫌とも違いそう。
「玲紗、どうかした?」
「……どうもしないけど」
よりいっそう訝しげにこちらを見る玲紗。
うーん。やっぱりどこかがおかしい。もしかして……
「友達出来ない?」
「……………出来ないんじゃなくて作らないの。いらないの」
ビンゴ。
ふぅ。これからずっとそうしているわけにもいかないって、玲紗だって分かってるんだろうに。だからこそ、必要以上に不機嫌なんだろう。
相変わらず、懐かない猫みたい。
「失礼なこと考えてるでしょ」
「うん。懐かない猫みたい、って」
きっ!
こちらを睨み付ける玲紗。
「はいはい。睨んでないでいこ。サークル、何かいいのあった?」
今日のところはこの辺でやめておこう。玲紗が人に懐かないのは今に始まったことではなく、改善しようと試みたのも今回が初めてではない。長期戦は必至だ。
「……SLSが来夏好みだと思ったけど」
と、玲紗。
うん。その結論になるのも必至だね。
「スイーツ・ラヴ・サークルだよね。確かに見学したいと思ってたんだ。皆がよければ行きたいんだけど、いいかな?」
尋ねると、全員頷いてくれた。
よし、行こう!
なんつーか、女子の喧嘩ってちょっと怖いな。怒鳴り合ってくれた方がまだいいような……
そしてもう仲直りしてる――んだよな? 正直よく分からん。
「来夏と玲紗が険悪になる時って、たいてい玲紗の猫化が原因だよね−」
「猫化言うな」
志穂ちゃんの言葉に、玲紗ちゃんが憮然とした表情で応える。
不機嫌オーラを未だ発している玲紗ちゃんに、よくもまあ軽口を叩けたもんだ。
「猫化って可愛いねー」
あはは、と笑いつつ、来夏ちゃんが言った。いつも通りである。
玲紗ちゃんも少しのあいだ不機嫌そうにしていたが、直ぐに微笑んだ。いつも通りである。
……仲直りしてそうか。難しいな、ふぅ。
先程から気になっていることがあるのだが、姉さんが所属している『猫を愛でる会』も見学に行こう、と提案してもいい空気なのだろうか?
喧嘩もどきは収まっていそうだが、さて……
ため息をついて、空を見上げる。まだ16時より少し前くらいの時間帯ゆえ、青空が視界を埋めてくれた。白い雲が南へと流れていく。更には、どこかから風に乗ってやって来たのだろう、桜花がキャンパスを翔け抜けて行く。
ああ。まったくもって良い天気で何よりだ。