リアリティー追究の末路
彼の者と無縁な言葉があった。それ即ち≪Delicacy≫。

 冬の足音が迫る頃、長篠冬流(ながしのとうる)は自室にて考え込んでいた。面白いテレビ番組がやっていないということで、暇つぶしに締切がまだ先の原稿に取り掛かったはいいのだが、煮詰まってしまったのである。
 作中にとあるアイテムが出るのだが、それはどういったデザインが流行っているのか、皆目見当がつかなかった。特に今回は、中学生くらいの年頃での流行りが知りたいため、年齢的にはひと回り違う。世間では精神年齢が低すぎると評判の冬流でも、今回ばかりは荷が勝ち過ぎていた。
(さて、どうしたもんか)
 しばし、そうして悩んでいたが、ようようポンと手を打つ。
(そーいや、うちには女子中学生がいるじゃねぇか!)
 がたりと椅子の音を立てて立ち上がり、冬流は急ぎ自室をあとにした。

 がちゃ。
「おーい、夏茄(かな)ー」
「ちょっと、叔父さん! ノックしてよ!」
 突然の来訪者に鋭い視線を向け、部屋の主たる長篠夏茄は声を荒げた。
 実際のところ宿題をやっていただけゆえ、特には問題ない。問題はない……が、彼女も14歳というお年頃。気分はよくなかった。
 しかし、当の来訪者――冬流はどこ吹く風である。
「何言ってんだ。色気づく年でもあるまいに」
「いやいや。私、中2だよ? てゆーか、親しき仲にも礼儀ありといって――」
 冬流の発言に小さく嘆息した夏茄は、がたがたと音をたてて椅子の向きを変えた。
 普段の経験から、夏茄が説教モードに入ったことを察した冬流は、早々に話を遮る。
「はいはい。悪かった。で、本題だが、下着を見せてくれ」
「教育的指導っっ!!」
 ばちいぃいんっ!
 頬を凄まじい勢いで叩かれた冬流は、耐え難い痛みに襲われて倒れふした。
「……な、なにをする?」
「『なにをする』ぢゃないよ! おおお叔父さんこそ、ななななにを言ってるのよ!」
 恥ずかしさと怒りで赤くなった夏茄は、冬流をキッと睨んだ。
 姪のそのような様子に嘆息し、冬流は気だるげに右手を振る。
「別にやらしい気持ちで聞いた訳じゃないぞ?」
 彼はまずそう宣言し、それから事情説明をはじめる。
 聞く側はいまだ赤い顔を手で扇ぎつつ、疑わしげだ。
「ライトノベル系雑誌で短篇の執筆依頼があってな。多少お色気も要求されてるんだ。とはいえ、主人公は中学1年生。そうなると女子の着替え中にうっかり扉を開けちまった、くらいが関の山だ。が、中学生の下着なぞ俺には分からん」
 そう口にして冬流は、悩ましげな表情でうなる。
 一方で夏茄は、話を聞くうちに大体の事情を察した。
 女子中学生の下着事情に当然明るくない叔父は、リアリティー追究のための取材の一環として姪の下着を求めたのだ。やましい気持ちなど欠片もない。
 それは分かった。分かったが……
「というわけで、パンツとブラジャーを見せろ」
「指導指導指導指導っ教育的しどーッッッッ!!!!」
 ゲシゲシゲシゲシゲシゲシ!
「ば、馬鹿! 蹴るな! 地味にいてぇ!」
「叔父さんのバカ! スケベ! 変態!」
 ……言い方というものがあるだろう。

 ところかわって、長篠家の居間では――
「平和だなぁ」
「そうねぇ」
 冬流の実兄と義姉であり、夏茄の父母である長篠秋良(あきら)と長篠春風(はるか)が、微かに聞こえてくる騒ぎなど気にもとめず落ち着き払っていた。
 かちゃ。
 ほうじ茶の入った湯呑をテーブルに置き、春風が秋良の隣に座る。
 ずずっ。はあ〜。
 ぎゃーぎゃー。
 平和な日曜日であった。

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