年が明けた日の朝、2011年の陽射しが窓から差し込む。いつもと変わらないはずの光は、心なし新鮮に思えるから不思議である。
AM9時に目を覚ました長篠夏茄(ながしのかな)は、眠い目をこすりながら自室を出て階下へと向かう。
居間にて最初に目に入ったのは、彼女の叔父である長篠冬流(とうる)であった。彼はTVの前に座っていた。
「おはよ。叔父さん」
軽く挨拶をして、夏茄はあっさり洗面所へ向かおうとした。
しかし――
「おう! おはよう夏茄! 行くぞ!」
不自然なほどにテンションの高い叔父の、焦点の合っていない視線を受けて、夏茄は小首をかしげた。
そして、彼の不自然な様子の原因について、思い至る。
「……叔父さん。寝てないでしょ?」
「当然! 大晦日は寝ないのだ!」
子供か、と脳内でツッコミを入れてから、夏茄は昨日の新聞を手に取る。TV欄を見てみると、夜中の番組はいつもより充実していた。叔父であればどれを見ただろう、と無意味な推理をしつつ、再び彼に疑問をぶつける。
「で、『行く』ってどこに?」
大方の予想はついているが、念のため尋ねる。可能性としては2通りある。
もっとも、片方の可能性は、夏茄の母である長篠春風(はるか)から誘われた場合であれば最有力候補となり得るが、冬流から誘われた場合はまずあり得ないだろう。その可能性とは初売りバーゲン。
近所の本屋で初売りブックバーゲンでもやっていない限り、冬流がバーゲンに乗り出す可能性など皆無だ。
以上を踏まえると、冬流がこの時期に『行く』と言う場合――
「勿論、初詣だ!」
びしっ!
右手の親指を立ててにやりと笑い、冬流は楽しそうに言い切った。
だよね、と心内でしきりに頷きつつ、夏茄は嘆息した。
「秋良(あきら)兄ちゃん、春風さんとは夜中のうちに詣でて来たからな。あとは夏茄だけだぞ」
夏茄は昨夜、2010年12月31日の24時を過ぎて2011年になった瞬間に『あけましておめでとうございます』と挨拶してさっさと寝室に引っ込んでしまった。眠かったのだ。あと、寒いなか外に出たくなかったのだ。
更にいうなれば、今現在も寒さゆえに外になど出たくなかった。どうせ友人と3日に初詣する約束があるため、今日は行かなくてもいいかな、という心持ちなのだ。
「私はいいよ。叔父さん、ずっと起きてたんでしょ? 寝なよ」
そう口にし、夏茄はすたすたと洗面所へ向かおうとする。
しかし、その歩みは再び止まる。
ずーん。
部屋の空気が重くなった。擬音が聞こえるほどに。
冬流が肩を落として床にへたれこんでいる。
「……あの、叔父さん。別に行くのが嫌っていうんじゃなくて、叔父さんが体壊したら大変だし無理しないでねっていうね。それに、初詣はまた別口で行くからさ?」
ずーん。
夏茄が声をかけても、冬流の肩は落ちたままだ。
「……ね、ねえ?」
ずーん。
「……だからね?」
ずーん。
「…………叔父さん?」
ずーん。
どう呼びかけても、状況に変化は生じなかった。
ゆえに――
「もお! 分かったわよ! 行きます! でも、顔洗って着替えて、朝ごはん食べるまで待ってよね」
「おう!」
夏茄の仕方なさそうな言葉を耳にすると、冬流はゲンキンにも笑って返事した。
はぁ。
本当に年上なのかなぁ、という感想を抱きながら、姪は苦笑して今度こそ洗面所へ向かう。
夏茄の母であり、冬流の義理の姉である春風もまた苦笑した。そして、6枚切りの食パンを2枚とり出す。それにベーコンとチーズをのせてトースターに入れる。
ぴっぴっ。
夏茄の視界から隠れていた位置にはもう1人、長篠秋良がいた。夏茄の父であり、冬流の兄である人物だ。彼もやはり、元日の朝刊に目を通しながら苦笑した。しかしそれでいて、実弟の無邪気さを微笑ましく思ってもいた。29歳という年を思えば、微笑ましく思っていてよいのか、という疑問を誰もが抱くだろうが、そこはそれ、彼も冬流同様にどこか変わっているのだろう。
一方で、当の冬流は、TV番組を楽しみつつニコニコと笑んでいた。
「よぉし! 気合入れておみくじ引くぞぉ! 今度こそは大吉だ!」