長篠夏茄(ながしのかな)は悩んでいた。
「うーん」
「どうした? 夏茄」
読んでいた新聞をバサリとたたみ、長篠家の大黒柱、長篠秋良(あきら)が尋ねた。
「どんな嘘つけば、叔父さんが驚くと思う?」
「……………あぁ、エイプリルフールか」
数秒間黙り込んでから、秋良は納得して苦笑した。
そして、やはり唸る。
「うーん。冬流(とうる)が驚く嘘なぁ。短編の〆切が1日早まったぞ、とかどうだ?」
「あ。いいかも」
夏茄が破顔一笑し、賛同した。
しかし、別のところから新たな意見が生まれる。
「あら。それよりも――」
口を挟んだのは夏茄の母、長篠春風(はるか)だ。彼女は洗濯物をたたみながら、娘によくにた笑顔を浮かべた。
「夏茄に彼氏が出来た、とかどう?」
『それだ!』
満場一致で可決した。
「たっだいまー」
数刻後、長篠冬流が帰ってきた。散歩という名の逃避行動から。
短編小説の〆切が迫っているのだが、パソコンのディスプレイは真っ白なのだ。
「おかえり、叔父さん。あのね――」
夏茄は待ってましたとばかりに出迎え、楽しそうに笑う。
秋良と春風は陰に隠れて様子をうかがっている。
「実はね――」
夏茄がいよいよ衝撃をぶん投げようとした、その時――
「俺、明日から家出て独りで暮らすわ。兄ちゃんと春風さんにも言っといてくれ」
………………………
『えええぇええぇぇぇえっ!!』
陰から飛び出してきた秋良と春風が叫んだ。
それを目にすると、冬流はニヤリと笑んだ。が、直ぐに頬を強ばらせる。
ひっ。
しゃっくりあげた彼の姪の頬を、一筋の光が流れ落ちる。
「……すまん。嘘だ」
ばちいぃぃぃんっっ!!
小気味のいい音がこだました。