ふたりはバチアタリ
8月の行事編「お盆」。祖霊は敬いましょう。

 8/13。長篠(ながしの)家にて立てこもり事件が発生した。
 どんどんっ!
 長篠家の1室。その扉を叩きながら、大黒柱の秋良(あきら)が声を荒げる。
「こら、夏茄(かな)! 出てこい!」
「やだ! 迎え火しないって言うまで絶対ヤ!」
 部屋の中から声が響いた。長篠家長女、長篠夏茄のものである。
 彼女は昼時からこの調子で自室に立てこもっている。扉の前にはテーブルを置き、誰も入れなくしているようだ。
「兄ちゃん、ほっとけよ。そのうち便所行きたくなって出てくるだろ」
 言ったのは長篠冬流(とうる)。秋良の弟である。
 その言葉に対し、すかさず夏茄が反応を示す。
「今日から数日限定で私はトイレに行かない生き物になるんだもん!」
 昭和のアイドルか、と秋良、冬流が脳内でツッコミを入れる中、台所からエプロン姿の長篠春風(はるか)がやって来た。秋良の妻である。どうやら夕食の準備中だったようだ。
「あらあら。夏茄、まだ出てこないの? こんな風に怖がるの、何年ぶりかしらね。ここ数年は大丈夫だったのに」
「あー、アレだな。この間、肝試ししたのが悪かったのかもな」
 腕を組み、冬流が言った。先月に彼が同行した肝試しにて、夏茄は予想以上の恐怖を味わった。そのことをきっかけに、夜には電気をつけたまま寝たり、夜中のトイレに冬流を起こしたり、幼児がえりとも言える状態になっている。
 そして、今日にいたってはこの様子である。
「そろそろご飯出来るんだけど……」
「今日食べない!」
「天岩戸作戦っつーことで、ドアの前で裸踊りするか」
「心の底から見たくない!」
 取り付く島もなかった。
 そこで、仕方ない、と冬流がため息交じりに前へ出た。
「よし分かった。要求を飲もう。迎え火はしない」
「ホント!」
「冬流!」
 夏茄と秋良が同時に反応した。
 冬流は秋良に目くばせをしながら、更に言葉を紡ぐ。
「本当だ。ご先祖様も1年くらいは許してくれるさ。兄ちゃんもいいだろ?」
 舌をぺろぺろっと2回出す仕草を目にし、秋良は苦笑と共に頷く。
「そ、そうだな。まあ仕方がない」
「というわけだ。出てこい。規則的な食生活は美容の基本だぞ、お姫様」
 しばし静寂が支配した。
 が、すぐさまガタゴトと物音が響く。
 きぃ。
 ドアが開いた。夏茄が姿を見せる。
 そして――
「確保! 兄ちゃん、確保だ!」
 がしっ!
 両サイドから父と叔父に腕を掴まれる夏茄。
「え? な、何?」
「ばーか! お盆に迎え火しないなんつー罰当たりなことができっか! 部屋から出てくりゃあこっちのもんだ!」
「すまん。夏茄」
 意地悪く笑う叔父と、すまなそうに苦笑する父。
 その両方を瞳に映し、夏茄は絶望の表情で瞳に涙を浮かべる。
「いいいぃぃぃいいぃいぃやああああぁあぁあああぁあ!!!!!」
 ご近所に不安を与える叫びがこだました。

 ぱちぱち。
 小さな火が玄関先ではぜるのをびくびくとした様子で見つめながら、夏茄は叔父を睨みつけた。
「閻魔様に舌抜かれろ」
「俺は舌が2枚あるので1枚くらいくれてやらぁ」
 へらず口を叩く冬流。
 その隣で春風が楽しそうに笑う。
「久しぶりに夏茄が可愛くて、お母さん嬉しいわ。ねぇ、あなた」
「そうだなぁ。小4くらいからはお盆、大丈夫だったもんなぁ。あれは冬流が何か言ったからだったか?」
 夏茄が小学4年生の頃、冬流は既に故人となっている親族の話を彼女に聞かせた。いずれも優しい人物ばかりで、彼らの楽しいエピソードを沢山たくさん聞かせた。
 この時期にやって来る死者は誰も彼も恐ろしくないのだと、そう教えた。
「また爺ちゃん婆ちゃんの面白エピソードでも聞かせるか? それとも夏茄の部屋にお札でも貼るか?」
「余計怖いよっ! も、もおいいよ。さっきはちょっと取り乱しちゃっただけで、別に幽霊なんて怖くないし。っていうか、幽霊なんているわけないし」
 苦笑する面々。今さら強がられても、という感想しか浮かばなかった。
「ならいいが、祖霊というのは私達を護ってくれるのだから、あまり怖がるのは失礼だぞ」
「だ、だから怖がってないし。その年でもうぼけたの? お父さん」
 夏茄が頬をふくらまし、ぷいっと顔をそらす。そうして逸らした視線の先で――
 わんわんわんわんっ!
 何やら犬が吠えていた。お隣さんの飼い犬、ウィンである。彼は誰も通っていない道路に向かって盛んに吠えたてている。その視線は、ちょうど人が歩くのと同程度の速度で遷移していた。
 ずさっ。
 あと退る夏茄。そして――
「いやああぁあああぁあああっ!」
「うわあああぁあああぁああっ!」
 高音と低音の叫び声が2重に木霊した。
 だだだだだだだだだだだっっ!!
 叔父と姪が家の中へ向けて、競って駆けて行く。
「冬流…… お前もか」
「冬流ちゃんも基本的には苦手だもんね、ああいうの。まあ、そのうち落ち着くとは思うけど」
 くすくすと笑う春風。
 そうしながら、家の扉を開けて左手で中を示す。大切なご先祖様を迎え入れた。
「さ。じゃあご飯にしましょ。秋良さんは冬流ちゃんと夏茄を連れてきてね」
「骨が折れそうだな」
 ふぅとため息をつきつつ、秋良はまず冬流の部屋へ向かった。

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