天高く人肥ゆる秋
秋分の日編。美味なる恵みに感謝せよ。

 スポーツの秋。読書の秋。人は様々な要素を秋に付与した。
 そして、中でも好まれるのは――
「ふんふふーん♪ 食欲の秋とはよく言ったものだよねー。秋は食べ物が美味しいもん。栗、柿、梨プラスアルファ〜♪」
 食卓にて行儀悪く足をぱたぱたと揺らし、長篠(ながしの)家長女、夏茄(かな)が浮かれた声を出した。彼女の視線の先には冷蔵庫がある。
 その下から2段目には尊い御箱様がおられる。綺羅星堂というケーキ屋の箱が。
 箱の中を占めるのは、秋のフルーツケーキが3点と、特製モンブランが2点。以前知り合った、天笠柑奈(あまがさかんな)という同級生に薦められた2品だ。
(私は2つとも食べて、残りを叔父さんとお父さん、お母さんで分けてもらおう。私が買ってきたんだもん。いいよねー)
 鼻歌交じりに掛け時計に視線を向ける夏茄。彼女の瞳には、短針が3を指し、長針が12を指す様が映る。
 3時のおやつの時間となった。
「叔父さーん。お父さーん。お母さーん。おやつだよー」
 そう口にしながらも、夏茄は叔父たちがやって来る前にいそいそと冷蔵庫を開ける。大事にしまっておいた箱を瞳に映し――首を傾げた。
(あれ?)
 妙だった。綺麗にラッピングされていた箱は、なぜか開けた形跡があった。
「俺はいらんぞ。もう食った」
 そこで聞こえてきたのは叔父、冬流(とうる)の声。どっかとソファに腰掛けた音が響く。
「……叔父さん。何食べたの?」
「モンブラン。小腹が空いた時に冷蔵庫をのぞいたらちょうどあってな。美味かったぞ」
 箱を開けるワクワク気分を侵されたのはしゃくに障ったが、夏茄は我慢した。まだ我慢できた。そこまでは。
 渋い顔を携えながらも開封済みの箱を冷蔵庫から出して、夏茄は残ったケーキを検分する。そして、驚愕した。
「!?」
 ぎぎぎっと首を動かし、姪がぎこちない笑みを叔父へ向ける。
「叔父さん? モンブラン、何個食べた?」
「2個」
 我慢の限界だった。
「買ってこいバカあああぁああぁああ!!」

 ぱくぱくぱくぱく。
 3時のおやつとしてケーキを食し、夕食後のおやつとして同じくケーキを食す姪御。叔父の暴挙により損ねられた機嫌は、幾分よくなったようだ。
 しかし――
(……体重計の目盛り、ちょっといじっとくか。変に八つ当たりされてもたまったもんじゃねぇ)
 夏茄の怒気に気圧されて大量のケーキを買ってきた冬流は、順調に肥えているだろう姪を瞳に映し、決意した。そっと洗面所へ移動する。
 そして、体重計を前にしてふぅむと考え込んだ。
(どの程度ずらしておけば標準体重と誤認させることができるか、それが問題だ)
 原稿の締め切り前と比べても、より一層頭を働かせねばいかぬ瞬間だった。
 うーん。うーん。
 悩ましげな声が、秋の長篠家洗面所を駆け抜けた。

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