11月の3日。風が冷たくなり始めた秋とも冬とも言いがたい時季。高い空には鱗雲が浮かんでいた。
長篠冬流(ながしのとうる)はそのような外の様子になど目もくれず、長篠邸の居間で頭を抱えていた。うんうんと唸り、懸命に何かを考えている。
がちゃ。
「ただいまー」
その時、玄関の扉が開き、声が響いた。
帰宅したのは冬流の姪、夏茄(かな)である。友人と買い物に出かけていたようだ。
夏茄はスタスタと廊下を進み、居間の扉を開けて叔父を見つけた。何やら真剣な顔で悩んでいる彼の様子は、彼女にある2文字を思い出させた。
(叔父さん、今月末に中編の締切だっけ?)
冬流は文学界の末端として、児童文学を生業としている。筆名を如月睦月(きさらぎむつき)といった。
彼は、平素お世話になっているシーズン出版からの依頼で、11月30日までに中編を1本上梓する必要があった。そのアイディアが上手い具合に出てこないのだろう。
(エッセイならともかく、中編じゃ私は役に立てないかなぁ……)
同じくシーズン出版の依頼で毎月書いているエッセイでは、夏茄に関するネタが多い。そのことを嫌がっている夏茄ではあるが、冬流が本当に困っていたら書く許可を出すこともある。
しかし、中編に夏茄が出演するわけもいかず、なおかつ、ファンタジー色の強い作風に提供できるようなエピソードも何も持ち合わせてはいない。
ふぅ。
せめてお茶くらいは淹れてあげよう、と夏茄は荷物を置いて台所へ向かう。電気ポットにお湯が入っていないことを確認すると、やかんに水を入れて火に掛ける。
そして、急須はどこだっただろうと探していると……
「夏茄」
叔父に呼びかけられた。
「んー?」
ようやく急須を見つけ出した夏茄は、続けてお茶っ葉、湯飲みを取り出す。こちらは直ぐに見つけ、あとはお湯が沸くのを待つだけだ。
「昼から悩んでいたんだが」
そう前置きをし、冬流は真剣な瞳を夏茄へ向ける。
夏茄は緊張した。創作の悩みにどう応えればいいのだろう、と。
しかし――
「今日という日に俺は、ファンタジーを手がける物書きの1人として、何か文化的かつファンタジーなことをすべきではないかと悩んでいたのだが、どうすればいいと思う?」
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長い沈黙が居間を支配した。
かちっ。
そして、ようよう音が響いた。コンロの火を消す音が。
「書け」
満面の笑みの姪御は、たったひと言を吐き捨てて、自室へと去って行った。