偽りの仮面が崩れる日
ハロウィン編。偽りの想い出が真実の光を受けて崩れ去る。

 10月31日。世はハロウィンということで、実際にはよく理解していない外国の行事を何とか楽しもうと、お祭り好きな人々が躍起になっている。彼らは魔女やドラキュラを模したポップ、そしてジャコランタンなど、それらしい飾り付けをして、更には何をすべきなのかをインターネットで調査する。そうして、龍ヶ崎町の商店街はにわかハロウィンで賑わった。
 そのような商店街の人々の努力の産物、外国然とした通りを歩き、帰路につく少女たちがいた。全員が天ヶ原中学の生徒で、名をそれぞれ長篠夏茄(ながしのかな)、深咲桜莉(みさきおうり)、黒輝雪歌(くろきせつか)といった。
 彼女たちは、楽しげな商店街のポップを瞳に入れ、適当に店頭を冷やかしながら帰っているところである。
「このコウモリ型のストラップ、かわいくない?」
「ホントだー。ねね、夏茄ちゃんはどう思う?」
 尋ねられると、夏茄は桜莉の手に収まる物を瞳に映した。手の平の4分の1を隠す程度の大きさを有した黒翼の獣。デフォルメされており可愛らしいという評価に値する形状ではある気はする、が。
「ちょっと大きくない? 邪魔そう」
 辛口なコメントが為された。
「可愛くないわー。あんたホントに花も恥じらう女子中学生?」
「花も恥じらうかは知らないけど、間違いなく女子中学生よ。てゆーか別に、そのストラップが可愛くないとは言わないよ。でも、ケータイにつけるとしたら若干邪魔かな、と」
「うーん。邪魔は邪魔かもだけどぉ」
 呆れた顔の桜莉と、苦笑気味の雪歌。
 そんな彼女たちを不思議そうに見つめてから、夏茄はふと視線を移す。そこには指先程度の大きさのジャコランタン型ストラップがあった。夏茄はそれを手に取り、友人2名に向けて突き出す。
「私ならコレかな。大きさも適度だし、何よりハロウィンといったらジャックくんでしょー」
 にこっ。
 破顔一笑。先程の冷めた意見からは想像もできない良い笑顔であった。
 しかし、逆に友人たちは戸惑った様子である。
「? どーしたの? ジャックくん、あんま好きじゃない?」
 なら文句言っていいよ、と口にしてから、夏茄は小首を傾げる。
「ん、いやー。てゆーかさ。ジャックくんって何?」
「え? このカボチャの人って、ジャックくんでしょ?」
 常識だよね、とばかりに言葉を返す夏茄に、桜莉は相変わらず戸惑った様子である。
 彼女も、カボチャに顔を彫った物が『ジャコランタン』つまり『ジャックのランタン』と呼ばれることは知っている。しかし、そのランタンの持ち主と思しき『ジャック』をジャックくんと呼び、なおかつ、ハロウィンの主要人物であるかのように扱うというのは初耳であった。
 しかし、桜莉も別段ハロウィンに詳しいわけではない。それゆえに、即座に否定することもできないでいた。
 と、そこで、雪歌があっと小さく声を上げた。そして、にこりと夏茄に微笑みかける。
「ねえ、夏茄ちゃん。ジャックくんって『ハハァ! ボクと友達になってよ!』って感じで、メッキーマウスみたいな喋り方をする、カボチャの仮面被った人のこと? 確か黒マントも纏ってたんじゃなかったっけ?」
「そうそう! その人! あれでしょ? クリスマスでいうサンタさんみたいな人なんでしょ? うちに何度か来たんだけど、たぶんお父さんか叔父さんが変装してたんだろーなー」
 話が通じて嬉しいのだろう。夏茄が満面の笑みを浮かべて言った。
 対して、雪歌は苦笑と呼ばれる類の笑みを浮かべている。
「えーとね。夏茄ちゃん」
「んー?」
 笑みを浮かべて機嫌の良さそうな夏茄。
 雪歌は思わず言葉を飲み込んだ。
 しかし、残りの1人――桜莉は容赦なく思ったことを口にする。
「つーかそれ、冬流(とうる)の創り話じゃないの?」
「……え?」
 何を言ってるの、と言わんばかりの視線を真っ正面から受け、桜莉は解説を始める。
「ジャックくんとやらを私が知らないだけなのかとも思ったんだけどさ。メッキーマウスみたいな喋り方をする変な仮面男となると、流石におかしい気がするのよね。んで、『雪歌が知ってる』ってのがポイントかと思うのよ。アレじゃないの? 冬流の糞エッセイ――叔父バカシリーズ、だっけ? ソレに書いてあったんじゃないの?」
 尋ねられると、雪歌は相変わらず苦笑しつつ、小さく頷いた。
 ちなみに、冬流というのは夏茄の叔父、長篠冬流のことであり、彼は如月睦月(きさらぎむつき)という筆名で児童文学を執筆している。そして、『叔父バカシリーズ』というのは、冬流が月刊誌で連載しているエッセイの中でも、冬流と夏茄のエピソードに焦点を当てたもののことをいう。
 そのエッセイを愛読している雪歌は、苦笑しながら口を開く。
「たしか7、8年前の作品だったと思うよ。夏茄ちゃんがあんまりすんなり受け入れて、その場しのぎで創った『ジャックくん』と遊び始めるから、冬流さんも『誘拐されないように気をつけなければ』って書いてたなぁ」
 彼女の言葉に、夏茄は黙り込む。ほのかに頬を染めて、長く黙り込む。
 そうしてしばらく経ち、桜莉が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やだー。かーわーいーいー。夏茄ちゃんってばこんな年まで『ジャックくん』を信じてるなんてー。そんな純真さが許されるのは小学生までよねー」
 ぼんっ。
 夏茄の頬が一気に紅潮し、真っ赤になった。
「え、えっと…… 素直で、意外と子供らしくて、これぞ如月先生の姪御さんって感じで、すっごく可愛いよ、ね?」
 見当違いのフォローを入れたのは雪歌。
 桜莉は爆笑している。
 そして夏茄は、鋭い瞳を携え、手の中のジャコランタンストラップを強く強く握りしめる。
「……お、叔父さん。今年はトリック1択だからねぇえ……っ!」

 その日、長篠家では家庭内暴力、いわゆるDVが横行した。殴る蹴るは当たり前、そして罵声が飛び交った。しかし、実態は言葉の響きよりも深刻な状況ではない。どちらかといえば、ほほえましい部類に入る
 10月31日夜。平和で何よりな、収穫期の終わりであった。

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