龍ヶ崎(りゅうがさき)町の長篠(ながしの)邸居間では、大きなバースデーケーキが卓全体を占めていた。大きな蝋燭が7本と、小さな蝋燭が8本立っている。
「……おじさん、何それ?」
飲み物を求めて冷蔵庫を探りに来た長篠家長女、夏茄(かな)が訝しげに問うた。
問われた者――夏茄の叔父である長篠冬流(とうる)は、同じように訝しげにしている。
「お前は何を言ってるんだ? 誕生会に決まってるだろ?」
回答を得ても、夏茄の顔は訝しいままだ。
「誰の? ……ああ、キリスト? でも明日、いや、明後日じゃない?」
「ちげえし。欧米か? 日本人としてその反応はあり得んぞ」
既に死語化した突っ込みを耳に入れ、夏茄は苦笑した。そうしながら、首を傾げる。
「日本人としてって……」
呟きながら、彼女は壁にかかったカレンダーに瞳を向けた。
そして、ようやく解を得る。
「ああ。天皇誕生日」
「そうだ! 神の誕生日を忘れるとは何事か!」
叫ぶ叔父を瞳に入れ、夏茄は面倒くさそうに嘆息した。
「神の誕生日って……」
「高天原(たかまがはら)よりましました天孫の子孫たる天皇陛下がご生誕なさった日を祝うのは、神の国日本の国民として当然だろう。天皇家直系の御方には神の御力が受け継がれているんだ。機嫌を損ねたらその御力の加護を受けられず、即日に日本が衰退するんだぞ。神は和魂(にぎみたま)にも荒魂(あらみたま)にもなるんだから怖いんだぞ。っつーわけで、しっかり心を込めて祝わねばいかん。お前もここに座れ」
(うっわー。めんどくさ)
叔父――児童文学作家如月睦月(きさらぎむつき)の著作に、天皇を題材とした和風ファンタジーは存在していない。夏茄はそのように記憶している。
ともすると、今の言はただ単に彼の脳内に在るだけの面倒くさい厨二設定に違いない。非常に非常に面倒くさい。
「叔父さんって、時代が時代なら思想犯として捕まりそうだね」
「そんな褒めるなよ。さ、祝うぞ」
ここで本気で照れる叔父は本当に変な人だな、と長篠夏茄14歳は心の底から思った。
……ふぅ。
ため息をつきながらも、彼女は少し付き合うことにした。このようなことを因として日本が衰退するなど当然あり得ぬが、叔父にひたすら絡まれるのはもの凄く面倒くさい。
さっさと終わらせてしまった方が得策である。
「ところで、お父さんとお母さんは?」
父である長篠秋良(あきら)も、母である長篠春風(はるか)も、本日は家にいるはずであるが……
「さっき買い物いったぞ」
(逃げたな……)
一緒に逃げればよかった、とか、飲み物を取りに来なければよかった、とか、そもそも声をかけなければよかったとかと考えつつ、夏茄は頭を振る。そして――
「さぁて。まずは祝詞を奏上するか。ほれ、夏茄。これを声を揃えて読むぞ。ふりがなもふっといたからな。準備いいだろ?」
はああぁあ。
ドヤ顔の叔父を前に、姪御は先ほどよりも大きいため息をついたのだった。