大事な貴方を祝わせて Ver.欧米か
クリスマス編。馬屋から生まれた物語。

 龍ヶ崎(りゅうがさき)町の長篠(ながしの)邸居間では、大きなバースデーケーキが卓全体を占めていた。蝋燭がケーキの表面を隙間なく埋め尽くしている。
『………………………………』
 長篠冬流(とうる)に声をかけられて集まった、長篠秋良(あきら)、長篠春風(はるか)、長篠夏茄(かな)はこぞって沈黙した。何と食べづらそうなケーキだろう、と。
「どうした?」
 立ち尽くしている家族を瞳に映し、冬流は訝しげに尋ねた。
 それに対して、代表で秋良が一歩前に出て、ケーキを指さす。
「これは何だ? 冬流?」
「バースデーケーキ。まあ、本当の誕生日は4/17らしいが、世間の風潮に逆らうのもアレだろ?」
 胸を張って答える男を瞳に入れ、各々嘆息と共に納得した。2日前と類似の事例か、と。
 がた。
 夏茄が椅子に座りつつ、呆れた視線を冬流へ向ける。
「キリストの誕生日、ね。欧米か。ていうか、今度は何? 祝わないと世界が崩壊するの?」
「いや。キリストは人の子であって神じゃねぇからな。せいぜい、聖痕(スティグマータ)が手首に浮かび上がるくらいだ」
 聖痕とは、キリストが磔になった際の傷跡が突然手首や頭などに浮かび上がる事象のことらしい。正味な話、教徒でもないのにそんなものが体に浮かび上がったらいい迷惑である。
 いや、そもそもそのような事象など起こり得ないというのが常識人の見解ではあるが、常識人の枠からずれている長篠冬流にその説得は意味を持たないだろう。つまり、この先の選択肢は『つきあう』1択なのだ。
「さて。ケーキはこれでいいな。ツリーは飾り付けしといたから、あとは着替えるぞ、みんな」
 そう言って冬流が指さす先には、サンタ服が男女1着ずつと、トナカイの着ぐるみが2着あった。
 イエス・キリスト殿のお誕生日祝いに加え、きちんとクリスマスも祝うつもりらしい。
 まあ、それはいいとしよう。寧ろ、世間がクリスマスを祝っているなか、誕生祝いのみで過ごす方が苦痛である。常識人としては不合格な冬流が、日本人らしいズレた宗教観をきちんと持ち合わせていたことは、本日の唯一の僥倖といえた。
 しかし――
「兄ちゃんと春風さんはサンタな。俺と夏茄はトナカイだ。よっし! 着替えるぞ!」
 はあああぁあ……
 盛大にため息をつく父母子。家の中のみとはいえ、恥ずかしい格好は勘弁願いたいところだった。
 とはいえ……
(言っても聞かないだろうけど)
 3名に共通の感想だった。皆、諦めて着替えを始める。

「よっしゃあ! 今夜はパーティーナイトっ! メっリいいいぃいいクリスマああぁああぁあスっっ!!」
 ぱあぁんッ!
 トナカイその1がクラッカーを勢いよく、テンション高く鳴らした。
 2名のサンタさんとトナカイその2が続いてテンション低く、
『……めりーくりすまーす』
 呟いた。
 落差の激しい長篠邸の12/25であった。

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