待合ホールのような場所で、長篠冬流(ながしのとうる)は長椅子に座っていた。辺りには似たような輩が数多おり、何かが終るのを揃って待っているようであった。
「……? ここはどこだ?」
冬流は首を傾げ、立ち上がる。
左を向くと壁一面の窓ガラス。今いる場所は2階のようで、眼下にはロータリーと駐車場が見えた。
右を向くと大きな扉。イベント事を行う大ホールへの入口である。
このような内装には覚えがあった。龍ヶ崎町(りゅうがさきちょう)のイベント事を一手に引き受ける龍ヶ崎文化会館である。
(何でここにいんだっけ、俺)
ぼけっと冬流が考え込んでいると、右手の扉が開いた。そして、ガヤガヤと年若い者たちが出てくる。スーツ姿の男子と、振り袖姿の女子。いずれも笑顔であった。
その様子を瞳に入れ、冬流は合点した。
(そうか。夏茄(かな)の成人式の送り迎えで…… いつの間にか寝ちまってて寝ぼけたんだな)
冬流の姪、長篠夏茄は今年20歳を迎えた短大生である。春には短大も卒業し、就職難ゆえ家事手伝いという微妙な立場を迎える。
よちよち歩きだった頃を思い起こすと、成人式を迎える年になったのか、と感慨深くもあるが、まだまだ手がかかる。
「ったく。まだまだまだまだ子供だよな。――と、出てきた……か……」
エントランスから姿を現した振り袖姿の夏茄が、冬流の瞳に映る。しかし、彼の瞳に映ったのは彼女だけではなかった。
スーツ姿の男子が彼女と笑い合いながら冬流に近づいてくる。その顔は何故か霞がかっていてよく見えない。
「お待たせ、叔父さん」
「夏茄!!」
にこやかに手を上げた夏茄に対し、冬流は目を吊り上げて叫ぶ。周囲の視線が集まった。
夏茄は戸惑った様子で冬流を見返している。
「? どうしたの?」
「何だその男はッッ!!」
更に叫ぶ冬流。びしぃッと、夏茄の隣にいる男子を指差す。未だ顔ははっきりと見えない。
夏茄はぱちくりと瞳を瞬かせ、苦笑した。
「今さら何言ってるの? 成人したのを機に、明日私と結婚する×××くんでしょ?」
………………………………………………………
長い沈黙の後、冬流は大きく息を吸い込んだ。
「許さあああああああああああああああああああああぁああああああああぁあんッッッッッッ!!!!!」
がばあぁあっ!
叫びながら、冬流は目を覚ました。
枕元の時計は午後2時を指している。昨日、夜遅くまでエッセイを執筆していたため、このような時刻に目を覚ますことになってしまったらしい。
ばたぁんッッ!!
彼はベッドから勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出す。
ダダダっ!
廊下を足音高く駆けて行く。
ばん!
居間の扉が開け放たれた。
「ようやく起きたか。おはよう、冬流」
「おはよう、冬流ちゃん」
新聞を読んでいた長篠秋良(あきら)、台所で洗い物をしていた長篠春風(はるか)が言った。
しかし、冬流は彼らに目もくれず、ソファでゆったりと座っている夏茄の元へ向かう。
「あ、おはよ。叔父さん。見てよ。また新成人が式で暴れたんだってさ。馬鹿だよ――」
「許さんぞッッ!! 夏茄ッッッッッ!!!!!」
肩を竦ませた14歳の言葉を遮り、叔父は叫んだ。
「……………は?」
姪御の目が点になるのも仕方がないというものだろう。