遥かなる昔、神武天皇が即位したというこの良き日に、男はとても不機嫌だった。
「なぜ天孫のそのまた子孫たる神武が即位しただけの日が建国記念の日なんだ、おかしいだろ」
ぶつぶつと罰当たりな文句を紡ぐのは長篠冬流(ながしのとうる)という日本国民その1である。
その隣では、彼の姪である長篠夏茄(ながしのかな)が雑誌を片手にポテトチップスを食べている。
「日の本はそもそも伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が国産みをした時が始まりだろう。ならば、今日が建国記念の日というのはおかしい!」
「その時点だとまだ『国』じゃないからおかしくなくない?」
雑誌に意識を向けながらも、夏茄が適切な指摘をする。
しかし、冬流はめげない。
「そんなことはない! 『国産み』をしたのだから、その時点で大地は日本『国』なのだ!」
妙な主張を始めた。
夏茄は呆れた表情を浮かべつつ、はいはい、と適当な相槌を打って冷蔵庫へ向かった。飲み物が欲しくなったのだ。
食器棚からコップを取り、冷蔵庫の中の牛乳をなみなみと注ぐ。
「てかさあ、いつが建国記念の日でもいいけど、その『国産み』っていうのは何月何日だったの? わかんなきゃ記念日に出来ないよ?」
「知らん!! とにかく今日じゃないいつかだ!!」
投げやりな主張だった。
ふぅ。
意識せずにため息が出た。
「今日の叔父さんはいつにもまして意味がわからないなぁ。小説のネタに詰まってるのかな?」
「あら。分かりやすいと思うけど?」
くすくす。
「お母さん。……そう?」
楽しそうに微笑むのは夏茄の母、長篠春風(ながしのはるか)である。昼食の用意をてきぱきとこなしながら、更に言葉を紡ぐ。
「ええ。言ってるままに受け止めればいいじゃない? 今日が祝日なのが嫌なのよ」
「何で?」
母から開示された答えを受けても、夏茄には叔父の意図がさっぱり汲めなかった。
春風はなおもおかしそうに笑っている。
「夏茄が家に居てかまってくれる『祝日』が、もともと休みの土曜だったから、でしょ? これが平日なら文句もなかったでしょうけど。うふふ」
冬真っ盛りだというのに、夏茄の母からは春麗かな暖気が漏れ出ているようであった。何やら微笑ましそうに冬流を眺めている。
一方冬流は、夏茄と春風の会話が聞こえていなかったよう。目つき鋭くカレンダーを睨みつけている。
「日本人はもっと休まにゃいかんッッ!!」
確かに、祝日と土曜日が重なったことに、ひいては学生たる夏茄の休みが少なくなったことに文句があるらしい。
「……てか、休みが増えても別に叔父さんに構いたくないし」
「あらあら」
娘の言葉に、母は楽しそうに微笑んだ。