稲荷神社がある小さな丘の麓に、天理(てんり)家は在った。畳の匂いが満ちた日本家屋の一室に、男が3名転がっている。
1人は天理家の長男、当年とって31歳の天理水仙(すいせん)。部屋の主でもある。
1人は龍ヶ崎町の外れにある龍神寺(りゅうじんでら)を管理する木曾(きそ)家長男、木曾廉哉(れんや)。29歳という年齢ながら、年甲斐もなく髪を亜麻色にしている。
そして最後の1人は長篠冬流(ながしのとうる)29歳。長篠家の次男であり、如月睦月(きさらぎむつき)という筆名で児童文学を執筆している。
彼らは本日3月3日、昼間から酒を飲んでダラダラしていた、のだが……
数刻前。
「夏茄(かな)の奴はよぉ。ひっく。折角ひにゃ壇とか用意してたのによぉ」
「あの年頃は友だちとの約束を優先するものでしょう。そう気にすることはないですよ、冬流」
くだを巻く冬流を、水仙がにこやかに慰める。
一方で、廉哉は不機嫌そうにぐびぐび御神酒を飲み干す。
だんッ!
「冬流! ぐだぐだぐだぐだッ! うっぜえんだよ! 先輩も! そんな奴に優しくすることないっスよ!」
「あんだとぉ、れんにゃ。ひっく。てめぇ、ぶっちょばしゅじょ」
「おやおや、呂律が回ってませんよ。大丈夫ですか」
「らぁいじょおぶらって」
へらへらと笑うその様子は、あまり大丈夫に見えない。
その時、うおッ!と大音量の驚嘆が響いた。
「大変っス、先輩! 酒がないっス!」
「おやおや、それは大変ですねぇ」
正体が怪しくなっている1名と、五月蠅い1名と、落ち着き払った1名と、三者三様に酔っている。
がらっ。
水仙の部屋のふすまが開いた。
「まったく。少しは静かに出来ませんか?」
ため息をつきつつも、御神酒を脇に置いて廊下に膝をついているのは、天理小凪(こなぎ)。天理家の長女であり、水仙の妹でもある。
「おや、小凪。随分とタイミングの良い」
「そちらの五月蠅い方の声が響いてましたから。ご近所迷惑ですのでどうにかしてください、水仙」
「おぉ、天理じゃねぇかぁ。きいてくれにょ、かにゃがよぉ、俺を無視してでかきぇらがってよぉ」
「鬱陶しい酔っ払いですね」
腰を上げつつ、呆れきった目を一同へ向ける小凪。
そんな29歳女性に向け――
「小凪ー!! 結婚してくれーッッ!!」
勢いよく突っ込み、抱きつこうとする酔っ払い1人。
すっ。
小凪は素早くその腕を避け、彼の飛びつく勢いをそのまま利用する。
ずどんっ!
見事な一本背負いが決まり、廊下に廉哉が転がった。目を回してダウンしている。
「ふぅ。これで静かになりますね」
「おやおや。流石ですね、小凪」
静かに微笑む水仙を一瞥し、小凪はため息をつく。
「水仙もいい具合に酔っているようですね。まったく、女の子の日にいい歳をした男が集まって……」
「おにゃのこのひっれ、にゃんかエロい――」
がんっ!
呂律の回っていない男の呟きを、乱暴な音が遮った。
小凪がどこから取り出したのか、薙刀で冬流を打ち据えた。
「下劣な発言はお控え下さいね? 長篠くん」
にこり。
笑みを浮かべる小凪とは対象的に、冬流は苦しげな表情で昏倒した。
そして……
くぅ。
寝息が聞こえた。
最後の1人、天理水仙が深い眠りに落ちたのだ。
ふぅ。
再度ため息をつく小凪。廊下に転がっている邪魔な1名を部屋の中へ放り込み、ぴしゃりとふすまを閉めた。その後、昔懐かしい黒電話を手に取る。
ぷるるるるる ぷるるる がちゃ。
「もしもし。私、天理小凪と申します。長篠冬流くんのお宅でしょうか? ああ、夏茄ちゃんですか? 帰っていたんですね。いえいえ、こちらの話で。ところで、話は変わりますが、冬流くんがすっかり酔って眠ってしまいまして、帰りが遅くなるか、場合によっては泊まっていただくことになるかも―― ああ、いえいえ。気になさらず。そうだ。よければまた神社にいらしてくださいね。年始時期でもないと暇で暇で。え? お出かけですか。お友達も一緒に? そんな、いいんでしょうか? 私みたいなおばさんが女子中学生と――」
しばし、世間話で盛り上がった。
そして現在21時。おじさんらはまだ目を覚まさない。