かの者の足跡を辿り北へ
昭和の日編。かつての陛下と同様に北を目指す本当の理由は……

「そうだ、岩手行こう!」
 長篠冬流(ながしのとうる)が言った。
 居間でテレビジョンを観覧していた長篠秋良(あきら)、春風(はるか)、夏茄(かな)の父母娘(おやこ)は沈黙と共に弟、あるいは義弟、あるいは叔父を見つめる。
「……なんかデジャビュ」
「前は京都行こうって言ってたわよね。それで私は行けるっていったのにガン無視されたのよね。……ふふふ、ふふふふふふふ」
「春風、落ち着け。怖いぞ」
 引きつった笑みを浮かべ低い声で笑う妻を瞳に映し、秋良は嘆息した。そうしながら、弟に申し訳なさげな瞳を向ける。
「俺は1日、2日と出勤だ」
「はい。私も桜莉(おうり)、雪歌(せつか)と約束あり」
 秋良に続いて夏茄もまたゴールデンウィークの予定を開示した。
 ちなみに、夏茄の言葉にあった桜莉、雪歌は彼女の友人であり、それぞれ姓名を深咲(みさき)桜莉、黒輝(くろき)雪歌という。
「今年は私も無理ねぇ。1日に深咲さんの奥さんと約束入れちゃったわ」
 スケジュール帳を開き、春風もまた残念そうに言った。
「げー。何だよ、皆。今年は締切もないし、ゆったり旅行としゃれ込みたかったのに」
 不満を吐露する冬流に相対し、秋良は再三の苦笑で応じる。
「もっと前もって言っておいてくれれば有給を取れんこともないんだがな。春風と夏茄だって約束を入れないだろ」
「突然思いつきで、っていうのが良いんだろ?」
 冬流から、真っ当な社会人には通用しない理屈が提示された。
 もはや何度目になるかもわからない苦笑が秋良の顔に浮かぶ。
「何で岩手なの?」
 然程興味はないながらも、夏茄が一応訊いた。
「今日は昭和の日だろう? 岩手には昭和天皇陛下が行幸されたらしいぞ」
「昭和天皇陛下は全国を行幸されたと聞いたぞ」
 素早い秋良の突っ込み。
「……岩手の座敷童の宿とか行きたくね?」
「予約は年単位で埋まってるらしいわよ」
 素早い春風の突っ込み。
「…………遠野のカッパ淵に河童を見に――」
「河童なんて居ないよ」
 素早い夏茄の突っ込み。
 とりわけ夏茄の瞳を冷めている。歳不相応に夢がない。
 冬流は小さく嘆息し、皆が納得のいく理由をついに開示する。
「今日暑いから北行きたくね?」
『うん』
 お行儀の良い返事が仲良く揃った。
 各地で最高気温が25℃を超えたある春の日のことであった。

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