星の煌めく夜に願いを込めて
七夕編。星が持つ膨大なエネルギーと記憶を受け継ぐ存在、星選者。彼らはかつて出逢い、恋をした。

 宵の口に、数組の親子が霧島山系のふもとで空を見上げていた。彼らの住まいはこの場所から遠く離れた関東の片田舎にある。にもかかわらず、彼らがここに居るわけはというと……
「ほれ。ここならよく星が見えるだろ? やっぱ七夕は晴れてなくちゃな」
 得意顔で言ったのは長篠冬流(ながしのとうる)という名の男性だった。今年で29歳になるアラサー男子なのだが、いつまでも子供っぽさが抜けないとご近所で評判だ。
 彼から離れた後方には親子が3組いた。
 冬流の家族である、長篠秋良(あきら)、春風(はるか)、夏茄(かな)が1組目。
 夏茄の友人である深咲桜莉(みさきおうり)と彼女の父、深咲蕗彦(ふきひこ)が2組目。
 同じく夏茄の友人、黒輝雪歌(くろきせつか)と母たる黒輝氷愛(ひめ)が3組目。
 以上、計8名が新幹線や電車、バスを乗り継いで、鹿児鳥のとある民宿に泊まりに来ていた。理由はひとつ、7月7日を晴れた地で過ごすためである。
「まあ、空気が澄んでて星空も綺麗だし、勿論、晴れてるに越したことはないんだけど……」
「わざわざ九州くんだりまで来なくてもよくね?」
 言ったのは、夏茄と桜莉だ。
 一方で、雪歌は尊敬の意を込めた瞳を冬流へ向ける。
「さすが冬流さんです! あの素敵な作品たちは、こういう純粋な心から生まれるんですね!」
 作家、如月睦月(きさらぎむつき)こと長篠冬流の大ファンである少女は、一本ネジの外れた発言をした。
 そんな子供たちの背後で、大人たちが挨拶を交わしている。
「申し訳ない、深咲さん、黒輝さん。冬流が妙な計画をしてしまったせいでこのような遠くまで……」
「いえ。妻が来られなかったのは残念ですが、こうして空気のきれいな場所へ連れてきていただいて感謝こそすれ、気を悪くなどしませんよ」
「そうですわ、長篠さん。雪歌もあのように楽しそうにしていることですし、ありがとうございます」
 主夫たる蕗彦と、主婦たる氷愛がにこやかに応えた。
 ちなみに、蕗彦の妻であるキャリアウーマン、深咲蝶華(ちょうか)と、氷愛の夫である黒輝財閥当主、黒輝霜寒(そうかん)は仕事で関東に残っている。
「夏茄! 織姫と彦星っつーのはそれぞれ、とある惑星の力を宿した星選者と呼ばれる超越者でな。数千年前に出会った彼らは、それぞれの星のために戦わなきゃいかんところを愛し合っちまった。その罪を問われて引き裂かれ――」
「叔父さん。夢は寝て見て。私ももう中2なんだから、そんな嘘に騙されるわけないでしょ」
 手厳しい言葉の夏茄。桜莉もまた冷めた視線を冬流へ向けている。
 その一方、やはり雪歌だけは敬意を込めて馬鹿を見る。
「なんて素敵でファンタジーなお話……! 流石です!」
 夏茄が構ってくれなくて寂しそうにしていた冬流だったが、雪歌の言葉に少なからず救われたらしい。楽しそうに笑った。
「雪歌ちゃん。分かってくれるのは君だけだ。ぐす」
 中学生に泣きつく29歳。呆れる光景だ。
「と、冬流さん」
 そして、29歳を見つめて紅くなる14歳。世も末だ。
 そのような2名を残して、夏茄と桜莉はこそこそと大人たちの元へと後退した。
「あら、夏茄。冬流ちゃん、放っといていいの?」
「あのね、母さん。私がいつまでも子供だと思わないでよね。別に叔父さんが誰と仲良くしたって気にしないし」
 そう口にしながらも、弱冠イライラしている様子である。叔父コンは今現在も健在だ。ただし、友人の幸せを祝福しようという大人な心も持ち合わせるに至ったようである。夏茄も14歳。大人と子供の狭間に在る、精神の成長が著しい時期だ。いろいろと複雑な心境なのだろう。
 彼女の父母たる秋良と春風は、にこにこと娘の成長を見つめていた。
 対照的に黒輝家の母、氷愛からは不穏な空気が放たれていた。懐に入れられた右手からは、かちゃっと金属をいじる音が響く。
「霜寒さんから渡されたコレを使うべき時が…… いえ、駄目よ、氷愛。今ヤってしまえば雪歌に見られる……! ああ、霜寒さん。わたくし、どうすれば」
 何やら恐ろしい雰囲気を発している。金持ちの考えることはよく分からない、というありていな感想をもってここは打ち切ろう。つぶさに突き詰めると、法治国家としてまずい状況に陥る可能性が高い。
「よし! 雪歌ちゃん! 夜空に願いを叫ぼう! 星選者は強い力を持ってるからな! 簡単な願いならさくっと叶えてくるぞ!」
「はい! 一所懸命叫びます!」
 すうううぅううぅう!
 深呼吸をする黒輝家ご令嬢。そして、あらんかぎりの声で叫ぶ。
「如月先生の新刊が読みたーーーーーーいッッ!!」
「ぐはっ」
 如月先生こと冬流がダメージを受けた。
 半年に1冊を刊行すればよい方という遅筆の彼にとって、雪歌の純粋な願いはとてつもない攻撃力を秘めていた。
「あれ? 冬流さん?」
「……ごめんなさい、がんばります」
 項垂れる彼の背後からは、少女2名の爆笑が聞こえてきた。

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