100年の時を越えて
秋分の日編。特別な日には全てが変わるかもしれない。

 秋分の日。天文学上の秋分日に相当する日本の祝日である。祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶことを趣旨としているようだが、秋分と何の関係があるのか訝らずにはいられない。
 そのような良き日に、龍ヶ崎町(りゅうがさきちょう)に住まう児童文学作家、長篠冬流(ながしのとうる)は、期待に胸を躍らせていた。その浮かれ具合は、日付が変わった午前0時から寝ていないことからも分かるだろう。
「叔父さん、眠くないの?」
 居間のソファーに腰掛けて雑誌を眺めていた少女、冬流の姪御である長篠夏茄(かな)は、呆れた表情を浮かべてそのように尋ねた。
 しかし、当の叔父上殿は徹夜明けのテンションで元気よくVサインをして見せる。
「寝てる暇なんかねぇぞ! 夏茄! 今日はどんな特別な日かわかってんのか!!」
 鬱陶しい。そのひと言に尽きる冬流のテンション。夏茄はうんざりして深いため息をついた。
 そもそも彼は、何故にこうもテンションが高いのだろうか?
「知らないよ。とりあえず鬱陶しいから、騒ぐなら自分の部屋で騒いで」
 つれない御言葉を受けて、冬流は弱冠テンションを下げる。しかし、すぐに気を取り直したようである。壁にかかっているカレンダーへと移動して、本日9/22を指さした。
「何か気づかないか?」
 そう言われても、特に思うところはない。しかし、そこは根が真面目な姪御である。ついつい答えを模索する。
「ぞろ目。土曜。学校が休み。友引。秋分の日」
 思いつくままに言ってみるが、叔父を満足させる答えは得られなかったようだ。
 冬流はちっちっちっと舌打ちをしつつ、指を振る。
「今日は何の日だ?」
「だから、秋分の日」
 姪御の回答を受けて、叔父はうんうんと頷いた。
「今日は何日だ?」
「9月22日だね」
 冬流はまたもや満足そうに頷く。
 一方で、夏茄は段々とイライラしてきた。先ほどから当たり前のことばかり訊かれている。
(……いっそ私が部屋に行こうかな)
 そのようなことを考える。
 しかし、叔父は残念ながら彼女を解放してくれない。期待の込められた瞳を携えて、更なる問いを投げかけてくる。
「なら、去年の秋分の日は何日だった?」
「そんなの直ぐにわかるわけ…… あ、いや、秋分の日は月曜とか金曜にズレないんだっけ」
 ハッピーマンデー制度により、祝日の多くは日付をズラされる。しかし、秋分の日は毎年天文学上の秋分日に合わされる傾向にあり、通常は9/23――
「あれ? 今年、なんで22日?」
 夏茄が呟く。
 すると、冬流は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。
「そうだ! 今年はな、116年ぶりに22日が秋分の日なんだ! 116年ぶりだぞッ! 季節が116度も回ったんだぞッッ!!」
「いやまあ、凄いとは思うけどもさ……」
 だからと言って、叔父のようにテンションを上げる程のことだろうかと思わずにはいられない。ましてや、なぜ一睡もせずに本日を迎える必要があるのか。
 ドヤ顔を浮かべる冬流に、夏茄は変わらず冷めた視線を向ける。
 一方で、冬流はそのようなことには頓着せず、ぐっと拳を握りしめる。
「こんだけ珍しい日なんだッ! 今度こそ――」
 何だというのだろうか。鬱陶しいテンションにはついていけないながらも、少しばかり気になる。夏茄は雑誌を閉じて膝の上に置き、叔父を見つめる。
 注目された冬流は得意顔になり、叫んだ。
「この平々凡々な世界が、素晴らしき魔法世界との融合を果たすに違いないッッ!!」
「そーゆーこともあるかもねー」
 ぱらぱら。
 雑誌の頁を繰り、夏茄は適当な生返事をした。少しでも期待してしまった自分に腹が立った。今後一切まともに返答しないようにしようと心に誓って、彼女は雑誌に意識を集中する。
「もしくは、世界中に在る古代遺跡が幾千年の眠りから目覚めて世に災厄をまき散らす、とか! そしてまき散らされた災厄から世界を守るため、神は弱き人の子に力を与えん!!」
 なおも妄想を垂れ流す叔父上殿に、へー、そっかー、すごーい、などと生返事のオンパレードで応え、彼女は鬱陶しい時間を凌いだ。中々に疲れる土曜日であった。

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