健やかに育みし日
体育の日編。スポーツマンシップに則り健全なる戦いを。

「運動会するぞ!」
 長篠夏茄(ながしのかな)が昼食を食べ終えた頃合いに部屋から飛び出してきて、叔父上――長篠冬流(とうる)はそんなことを言った。
 彼は児童文学作家であり、筆名を如月睦月(きさらぎむつき)といった。如月先生は本日中に原稿用紙10枚の短篇小説を上梓せねばならないはずなのだが、出来上がったのだろうか?
「短篇は?」
「……………運動会するぞ!」
 出来上がっていないらしい。
(息抜きってとこなのかな…… ま、付き合いますか)
 苦笑して、読み始めようとしていた雑誌をテーブルに置く。
「で? 何やるの? 徒競走とか?」
「騎馬戦だッッ!!」
 ……………………………………………………
「は?」

 長篠家の居間にて、顔を突き合わせて手を握り合っている男女が居る。それぞれ長篠冬流と長篠夏茄の叔父と姪コンビである。
「とととっ! おりゃ!」
「……ほっ」
 うるさく熱中しているのが冬流、静かに熱中しているのが夏茄だ。
「……てか、これのどこか騎馬戦なの?」
「指という鉢巻を奪い合う『騎馬戦』だッ!」
「騎馬は?」
「人差し指、中指、薬指、小指で騎馬を組んでるん――だああああぁあ!!」
「あ! ちょっと! 人差し指で押さえにくるの反則でしょ!!」
「わはは! そんなルールはねえ!!」
「ルール以前に、騎馬が鉢巻を取る騎馬戦なんてないでしょ!」
 さて、賢明な皆様であれば既にお気づきだろう。彼らがやっているのは『騎馬戦』という名の指相撲であって、決して騎馬戦ではない。
 浪費されていく祝日。何よりも気になるのは、如月先生の締切である。
「のわあああああああぁああ!! お前こそ押さえ方が反則臭いぞ!!」
「ふーん。何のことー?」
 ……まあ、楽しそうなのでよしとしよう。

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