日本国では様々な祭事が取り上げられる。正月・節分・ひな祭り・端午の節句・七夕・クリスマスなどなど、日本国民のお祭り好きは留まるところを知らない。しばしば宗教の壁など軽く飛び越える。
そして本日もまた、彼らは喧噪を友にケルトの行事に興じる。
「ハッピーハロウィーンっっ!!」
ぱぁん!
クラッカーを鳴らして、いい歳をした成人男性、長篠冬流(ながしのとうる)が叫んだ。姪御の長篠夏茄(かな)が中学校から帰って来るなり、満面の笑みで出迎えた。
「……そもそもハロウィンでハッピーなの?」
「楽しんだもん勝ちってやつだよ。じゃ、トリートをくれ!」
作法に則らない早急な要求だった。
しかし、夏茄はそのくらい予測していた。伊達に14年も冬流の姪をやっていない。
「はい、飴」
「いいいいいいいいいいいぃいいいいやっふううううううううううううううううううぅうううう!!」
飴1つでガッツポーズを決めて叫ぶ29歳。ご近所迷惑だった。
ぷるるるるる。ぷるるるるる。
――と、その時、電話が鳴った。
びくぅ!
肩を跳ね上げる冬流。電話には出ずに自室へ急ぐ。
「ちょ、叔父さん! 電話出て……よ。ったく、もぉ」
鞄を居間にあるソファに置いて、夏茄が受話器を取る。専業主婦の夏茄の母、春風(はるか)は買い物に出ている。冬流が出ないのであれば夏茄が出るしかない。
「はい、長篠です」
「……その声は、夏茄ちゃんね? 叔父さんは?」
低い、とても低い声だった。感情を押し殺したかのようなその声は、聞き覚えのあるものだった。
「えと、弥生さん、ですよね?」
電話の向こうに居る相手は、叔父馬鹿長篠冬流の別の顔、児童文学作家如月睦月(きさらぎむつき)先生の編集担当、四季弥生(しきやよい)と思われた。
弥生は軽い挨拶を口にして、再度尋ねる。
「それで、如月先生は?」
(……叔父さん、また締切守ってないんだ)
今回のように、極限まで低い声が弥生の口から発せられる場合、間違いなく如月先生は原稿を落としそうになっている。本来であれば可愛らしい声質の弥生が発する低音は、しばしば大いなる恐怖をもたらす。
「えと、叔父さんは部屋にこもってるので、一応頑張ってる……と思います」
弁明をしてみたが、夏茄は自身が口にしたことを全く信じていない。
「……そう。では伝言を頼みます」
弥生もまたそのような戯れ言を信じてはいないのだろう。相変わらず低い声を発している。
「は、はい。何でしょう……?」
電話を切ってしまいたい衝動に耐えながら、夏茄は尋ねる。
一拍おいて、弥生は一層低い声を絞り出した。
「いい加減にしないと、お菓子があろうがなかろうが悪戯しますよ、と……!」
がちゃッッ!!
怒気の含まれた言葉には、悪戯という名の殺意がこもっていた。
恐怖で夏茄の瞳に涙が光るのも仕方がないというものだろう。