天は長く地は久し。
「今日の吉き日は大君の うまれ給いし吉き日なり」
万物は流転する。永遠など勿論あり得ないけれど、それでも、天と地のようにいつまでも続くこともあるかもしれない。
「今日の吉き日は御光の さし出給いし吉き日なり」
尊き方が司る今生は、天のように、地のように、長く久しく続いて欲しい。
「光遍き君が代を 祝え諸人もろともに」
そんな願いを込めて、彼は歌う。奇異の瞳を向けられながらも、歌う。
「恵み遍き君が代を 祝え諸人もろともに」
決して上手とはいえない音階であった。しかし、心がこもっていたのは間違いない。
歌っていたのは、長篠冬流(ながしのとうる)という名の29歳児である。
「……それ、何の歌?」
「天長節」
冬流は、姪御である長篠夏茄(かな)の問いに端的に応えた。
「てんちょうせつ…… 店長?」
「店の長じゃないぞ。天の長。天長節っつーのは、平たく言うと天皇誕生日だ」
へえ、と感心しながら、夏茄は呆れ顔を作った。この叔父は相変わらず妙なことを知っている、と。とりわけ、天長節の歌詞とメロディーを知っているというのは、一般的な29歳とはいえまい。
「よし。夏茄も歌おうぜ」
「やだ」
歌詞がわからない。音階がわからない。意味もわからない。そのような歌を突然歌おうと言われ、誰が面倒だと切り捨てずにいられるだろうか。
「なぁにぃ! あ! こぉのぉ、無礼者めがあ!」
どこか芝居めいた口調で叫ぶ冬流。まったく本気ではないだろう。その証拠に顔が笑っている。
「はいはい。わるーございました。……あれ?」
苦笑して適当な返答をしていた夏茄が、唐突に記憶を呼び起こして眉を潜めた。彼女の記憶が確かであるならば――
「叔父さん、歌ってる場合なの? 確か28日締切のエッセイがあるって……」
「今日の吉き日は大君のぉ!」
冬流は、ぱっと視線を逸らして大きな歌声を響かせた。長篠家の居間を素っ頓狂な音階が彩る。
これ以上なにかを言ったところで、児童文学作家たる如月睦月(きさらぎむつき)先生が悔い改めることはないだろう。そう諦め、夏茄は首を小さく振って自室へと向かう。
ぱたん。
「まったく。どっちが無礼なんだか」
自室の扉を閉めて机に向かい、夏茄が呟いた。