神の社にて我ら眠らん
2013年元日編。神の御前にて為される非道で正当な行為を括目して見よ。

 1月1日、龍ヶ崎(りゅうがさき)町にある稲荷神社を数多の町民が訪れる。神社を管理する天理家の面々はてんてこ舞いといった様子で、猫の手も借りたい心持ちであった。にもかかわらず――
「小凪ーッッ!! 結婚してくれーッッ!!」
 場違いな阿呆がやってきた。
 びしぃい!!
「はうっ」
 求婚された巫女天理小凪(てんりこなぎ)が、阿呆な来訪者を薙刀で思い切り打ちのめしたとしても、当然ながら誰も文句など紡がない。
 一撃を食らった男は、しばらくはピクピクと痙攣していたが、ようよう気を失った。
「……長篠くん。新年早々、こんな馬鹿を連れて来ないでくれませんか?」
 小凪が、冷めた瞳を長篠冬流(ながしのとうる)に向けて言った。声をかけられた冬流は、場違いな阿呆――木曾廉哉(きそれんや)を引き連れてやってきた張本人である。
「悪かった。廉哉に、俺と夏茄が居ればお前の態度が多少は軟化されるはず、と土下座されてな。ま、無意味だったようだが」
 大地に口づけした友人を瞳に映して、冬流が苦笑した。
 彼は年が変わった瞬間にも兄や義姉と共に参拝しているのだが、大事な姪御を引き連れて2度目の参拝としゃれ込もうと道を歩いていた。そこで廉哉と遭遇し、往来の真ん中で土下座されたのである。こうなることはわかりきっていたが、断れずに連れてきてしまった。
 小凪は倒れ伏している廉哉を睥睨しつつ、言の葉を吐き捨てる。
「無意味ではありませんよ。この迷惑な男だけでしたら、言葉を発させることもなく殴り飛ばしていたことでしょう」
「……容赦ないですね、小凪さん」
 冬流の後ろに控えた少女、長篠夏茄(ながしのかな)が呟いた。
「木曾くんは10年以上前からこの調子ですからね。いちいち構っていられません。まあ、そんなどうでもいいことは置いておくとして…… 明けましておめでとうございます、夏茄ちゃん」
 小凪がにこりと微笑んで、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
 廉哉に対するのとは全く異なるその態度に、長篠家の2人は苦笑する。
「あはは…… 明けましておめでとうございます。えっと、今年もよろしくお願いしますね」
「ええ。よろしくお願いします」
 そう夏茄に応じながら、小凪は廉哉を簀巻きにしている。中々に手際が良い。
 その時、拝殿の裏から荷物を抱えた男が現れた。男は冬流を目にとめて、微笑む。
「おや、冬流。また来たのですか? 相変わらず、熱心ですねぇ」
 通りかかったのは天理家長男、天理水仙(てんりすいせん)であった。
「お! 水仙! 俺に構え!」
 彼を瞳に映した冬流が、嬉しそうに叫ぶ。冬流は水仙のことを大層気に入っていて、とても29歳とは思えない反応を示す。
 水仙は水仙で、冬流の子供っぽい反応を好ましく思っており、放っておけない弟を見るような優しい瞳で立ち止まる。
「ええ。それでは、凧揚げでも――」
「駄目です。仕事してくださいね、水仙」
 にこやかに応じようとした兄の背中を押して、小凪はつれないことを言う。
「えー、やだやだ! いいじゃんか−!」
 駄々をこねる29歳児。
 その様子を瞳に映して、人の好い水仙が困ったような笑みを浮かべる。
「……小凪。少しくらいよいではありませんか」
「長篠くんを甘やかしてはいけません。つけあがります」
 元同級生であり、巫女でもある女性が言い切る。
 不満げに頬を膨らませる29歳児の後ろでは、弱冠14歳の姪御がしきりに頷いている。
「まったくその通り。ほら、叔父さん。ご迷惑だから」
「やだやだやだやだ!」
 巫女と姪御にいさめられても、29歳の駄々っ子冬流ちゃんは黙らなかった。周りの視線が痛い。
(はぁ。近年まれに見るうざさ……)
 夏茄の叔父は常に鬱陶しいのだが、本日は特に酷かった。昨日から寝ずに過ごしているゆえに、ただでさえ少ない理性が吹き飛んでしまっているのだろう。加えて、甘えさせてくれる水仙が目の前に居ることもまた我が儘を助長する要因の1つかと予想できる。
「なーなー! 遊ぼーぜーっ! 夏茄や水仙と一緒に凧揚げした――」
 びしぃい!!
「はうっ」
 鬱陶しい主張に続いて、打撃音と呻き声が聞こえた。そして、床にごろんと転がる簀巻きが1つ。
「おみくじでもどうですか? 夏茄ちゃん」
「はい。是非」
 何事もなかったかのように微笑む巫女を瞳に入れ、姪御もまた何も見なかったことにする。悪いのは間違いなく叔父である。同情の余地はない。
「小凪? 乱暴は――」
「その話は参拝客が落ち着いた頃にでも。さあ、水仙。お仕事ですよ、お仕事」
 あまり押しの強くない兄は、妹の主張に負けて言われるがままに仕事へ戻る。
 そして、寒空の下、簀巻きが2つ残された。

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