「叔父さんっていつ成人式いくの?」
「は?」
リビングで菓子を貪っていた男性――長篠冬流(ながしのとうる)は、唐突に問いをぶつけてきた姪御の長篠夏茄(ながしのかな)を訝しげに見返した。
夏茄はテレビ放映をぼんやりと眺めている。彼女の視線の先、ブラウン管の中では新成人が着飾っていた。
地元である龍ヶ崎町では、龍ヶ崎文化会館と呼ばれるイベントホールで毎年成人式を執り行う。今年もその例に漏れず、午前中に新成人たちが文化会館に集ったようだ。
「……俺は、29歳だぞ?」
軽く考え込んでから、冬流はそう答えた。
「肉体年齢はね。でも精神年齢は12歳くらいでしょ?」
にっこりと微笑み、夏茄が言い切った。
「否定はしないけどな。だからって成人式には行かん」
「……いや、否定しなよ」
冬流の予想外の言葉に、一転、夏茄は呆れ顔になる。
がらッ。
「自他共に認める真実というものだろう」
扉を開けて姿を現し、夏茄の父である長篠秋良(ながしのあきら)が言った。彼はスッとこたつに入り込み、テレビジョンへと視線を向けた。
「ふむ。このような日に大雪とは、神様は悪戯好きだな」
「神様とか言ってると、お父さんも叔父さんみたいになっちゃうよ」
肩をすくめる秋良。
「なら私も成人式に出てくるかな。冬流も行くか?」
「へっ。冗談」
叔父上殿が小馬鹿にした笑みを浮かべる。こういう表情だけは大人びて見える。
秋良はそのように考えて、苦笑した。そして、テーブルの上に置いてあった蜜柑を口に運ぶ。軽い酸味を含む甘さが彼の好みに合っていた。彼はその果実を飲み下し、言葉を紡ぐために再び口を開く。
「お前、そういえば成人式行ってないだろう? こっそり参加して雰囲気だけでも味わってくればどうだ?」
「え? ホントに行ってないの?」
思わず夏茄が反応した。先ほどは、いつ行くの、などと尋ねてみたが、まさか叔父が実際に成人式未経験とは思ってもみなかった。
「めんどいし」
端的な返事。
「いや、そんな理由で行かなくていいの?」
「別に自由じゃん」
それはそうなのだが、面倒だからという理由で行かないというのはあんまりではないか。
「……だからそんななんだね」
「うわ、酷ぇ」
29歳児がいっそ楽しそうに不満の声を上げる。姪に構って貰えて嬉しいのだろう。
家長たる秋良はそんな彼を瞳に映し、ゆっくりと瞑目した。
『冬流。せっかくの成人式なのだし……』
『しつけえな』
『はぁ、はぁ。とーるちゃ…… とーるちゃ……』
『どうした? 夏茄。苦しいのか?』
9年前、長篠家には病人がいた。
看病できる人は彼以外にも居たのだ。けれど……
「そんなことより雪合戦しようぜっ!」
「やだ」
彼は彼女のために残った。