心躍る白銀の日
ある冬の大雪編。幼少期の読書が必ずしも人格形成に影響を与えるとは限らない――けれども……

 ヴヴヴヴ。ヴヴヴヴ。
 天ヶ原女子中学校の昼休み。とある女生徒の携帯電話が震えだした。マナーモードを因とした当該バイヴレーションは数秒で静まったため、電話ではなく電子メールの通知かと予想される。
 女生徒――長篠夏茄(ながしのかな)はポケットからガラパゴス・ケータイを取り出し、画面に視線を送った。そして、眉を顰めて数回ボタンを押す。
「夏茄ってスマホにしないの?」
 共にお昼ご飯を食べていた級友が言った。彼女の名は深咲桜莉(みさきおうり)という。
「別に必要ないし」
 端的に応えて、夏茄はケータイを乱暴に机に置く。
「……何怒ってんの?」
「別に桜莉に怒ってるわけじゃないんで気にしないで。うざいメールが来ただけだから」
 不機嫌に応え、彼女はぱくぱくと食事を口元へと運ぶ。本日の給食はラーメンだ。独特の雰囲気を醸し出す袋麺は、相も変わらず確かな美味を誇っている。
「うざいメールねぇ…… 普通に考えて、冬流(とうる)からか」
「正解」
 夏茄と桜莉は小学5年生からの付き合いである。当然ながら、夏茄の叔父である長篠冬流のうざさを、桜莉は身にしみて知っていた。
「叔父さん、風邪引いてね。暇なのか、朝から構ってオーラ―丸出しのメールが何通も。そのたびに『うざい』って返してるんだけど懲りる気配なし」
「馬鹿なのに風邪引くとか、馬鹿を越えた馬鹿ね」
 さんざんな言いようである。
 しかし、少しでも長篠冬流のことを知っている者であれば、桜莉の評価が適切であると納得することだろう。実際、夏茄も否定しない。
「ちなみに風邪引いた理由は、昨日の大雪でテンション上げて独り雪遊びに興じたからなんだよ? 家の前に大小10個の雪だるまが並んでて、朝、道行く中学生が指さして笑ってた」
 その中には夏茄のことを小馬鹿にした風に嗤っている者もいた。中学生にもなってはしゃいじゃって……という嘲笑であったことは間違いない。あらぬ疑いをかけられて、姪御は朝からご立腹だ。
「まったく……! そりゃあ多少はしゃぐのは分からなくはないけど、限度ってものが――桜莉?」
「へ? 何?」
 問いかけられた少女は、難しい顔から一転して戸惑いの表情を浮かべた。
「いや。何か深刻そうにしてたから。どうしたの?」
 夏茄が心配そうに尋ねると、桜莉は再び沈黙した。しかし、直ぐに口を開く。
「えっとね…… 雪歌って、今日休んでるじゃん?」
 夏茄と桜莉のクラスメート、黒輝雪歌(くろきせつか)は確かに本日休んでいる。朝の会で担任教師が言っていたことには、風邪であるとのこと。
 そしてその雪歌は、如月睦月(きさらぎむつき)という児童文学作家の大ファンである。新書や文庫本、作品が掲載された雑誌など、漏らさず購入して本棚に保管している。
「うん。そうね。大丈夫かな?」
 改めて、夏茄は心配そうにまなじりを下げた。
 一方で桜莉は、嘆息しつつスマートフォンを取り出した。数回画面をタップして、目的の文面を出す。
「でね。雪歌から今朝来たメール」
 そう言って、桜莉が受信メールを見せる。
 夏茄は首を傾げつつ、その画面を見やる。
『昨日雪で遊び過ぎちゃった。あとでノート見せてねっ』
 そういった趣旨の文章が、可愛らしく絵文字で装飾されて作成されていた。加えて、そのメールに添付された写真には、十数個の雪だるまや雪兎が。
「…………………………」
「…………………………」
 如月睦月先生こと長篠冬流殿に心酔している女学生は、順調に冬流同様の年不相応な精神を培っているらしい。それは良い影響か、悪い影響か。
「冬流の本、有害図書なんじゃね?」
「いや、流石にそこまでは…… でも雪歌の将来は――ちょっと心配……」
 友人の未来を案じつつ、彼女たちは小さくため息をついた。

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