4月の魚は騒々しく泳ぐ
魔を律し、理を曲げ、彼は法を生み出した。

「俺は魔法が使えるんだ」
 突然の宣言に、女子中学生3名は2通りの反応を示した。
「凄いです、素敵です!」
『嘘付け』
 4月の魚などと言われる本日を鑑みるに、間違いなく後者の反応の方が正しい。いや、今日という日を鑑みなくても、正しい。
 夢見がちな表情で前者の反応をしたのは、黒輝雪歌(くろきせつか)だ。
 そして、後者の反応を示したのは、長篠夏茄(ながしのかな)と深咲桜莉(みさきおうり)である。
 最後に、馬鹿丸出しのことをのたまっているのは、長篠冬流(ながしのとうる)。当年とって29歳のアラサー男子だ。そう。アラサー男子なのだ。
「嘘とは心外だな」
 アラサー男子が不満げに唇を尖らせる。
「んじゃー、魔法とやらを使ってみてよ」
 科学と共に育った子供を嘗めんなよ、とばかりに冷めた瞳を携えて、夏茄が言った。
 彼女の後ろでは、桜莉が同じく冷めた瞳で、雪歌がキラキラ輝く瞳で冬流を見ている。
 冬流はおもむろに両手を挙げ――
 ぼッ。
「……………ッ」
 雪歌が息を呑む。
 彼女の目の前で、冬流が指に小さな火を灯していた。
「あまり派手なのは危ないからな。これくらいでいいだろ?」
「凄いですッッ!! あたしにも教えてくださいッッ!!」
 興奮のしすぎで顔を真っ赤にし、黒輝雪歌は冬流に詰め寄る。
「何年も修行しないといけないよ?」
「構いませんッッッッッ!!!!!」
(いやいや、ライターじゃん? そう見せない技術にはちょっと感心するけど……)
 お子様2人が騒いでいる一方で、夏茄と桜莉は相変わらず冷めた表情を浮かべている。
 そんな彼女たちを横目で見て、冬流はさらなる『魔法』を行使する。
「はっ! ほっ!」
 炎の色が、赤、黄、青、紫、黄緑、藍、青緑、と変化した。
『ッッッッッ!!』
 今度は雪歌のみならず、夏茄も驚愕に目を瞠った。
「……まさか、本当に魔法――なの?」
「最初からそう言ってるだろ?」
 にやりと笑い、冬流が言う。
 夏茄は、近年稀に見る子供らしい表情を浮かべた。瞳を輝かせている。
(……いや、ただの炎色反応だろ。小学校の理科で習っただろ)
 しかし、桜莉は未だ冷めた表情で冬流を見る。もっとも、それが本来あるべき姿ではある。
「ほぉ、桜莉。貴様はまだ俺の魔法を信じていないようだな」
「当たり前だろ馬鹿野郎。誰が信じるか糞野郎」
 遠慮なき罵詈雑言。
 こめかみをひくつかせながらも、アラサー男子は笑みを浮かべて余裕であるかのように装う。
「ならばコレでどうだ。刮目して見よ!」
 言葉の端々が鬱陶しい、という感想を抱きつつ、桜莉は冬流の示した先へと視線を向ける。そこには窓があり、その外側は庭だった。
「は? 何なの?」
 馬鹿にした笑みを浮かべる。いい笑顔だった。
 冬流は、沸き上がる怒りを抑え、腕に力を込める。
「はああぁあ! 水神の御力よ、いざ来たれ!」
 よく分からない言葉を叫び、5秒、10秒と時が過ぎる。
「……恥ずかしい奴。何? 馬鹿なの? 死ぬの?」
 再び罵詈雑言が放たれた、その時――
 ざああああああぁあああぁああ!!
 水神の御力がもたらされた。
『!?』
 驚愕に瞳を見開く2名と、歓喜に瞳を輝かせる1名。
 お天気キャスターは、雨の話など一切していなかった。にもかかわらず、窓の外の雨足は非常に激しい。どこかで狐が嫁入りしたようだ。
「冬流さん、凄いッッ!!」
「叔父さん、どうやったの!?」
「……………」
 素直な反応を示す者と、未だ疑わしそうにしている者。対極的な反応を示す中学生たち。
 冬流はニヤリと笑い、桜莉を見やる。
 桜莉はたっぷり数十秒間黙り込み、それからおずおずと口を開いた。
「……まさか……本当に――」
「うっそぴょおおおおおおぉおおおおぉおおおんッッッッッ!!!!!」
 とても嬉しそうに、大人げない三十路一歩手前男が叫んだ。
「春風さん、もういいぜ」
 後ろ手に操作していたスマートフォンを耳元に持っていき、冬流が言った。通話の相手は彼の義姉で、夏茄の母である長篠春風(ながしのはるか)である。
 すると、窓の外の『雨』が止んだ。長篠家の水道料金が無駄に上がったことだろう。
「はっはっはっ! まんまと騙されたな、お前ら。俺の勝ちだな!」
 勝ち誇る冬流。このようなことで勝ち負けを持ち出すなど、大人げないを通り越したとんでもない馬鹿である。もはや頭がおかしいと言っても過言ではない。
 そして、とてつもなく腹立たしい。
 げしッ。
「いたッ! な、何すんだ、桜莉!」
 蹴られた。
 げしッ。
「か、夏茄まで!」
 蹴られた。
 ぷいッ。
「冬流さん、酷いです」
 常であれば冬流の味方となり、フォローに回る雪歌も、そっぽを向いて頬を膨らましている。
 げしッ。げしッ。げしッ。
「ちょ、痛っ! 痛っ! 地味に痛いっ!」
 ポワッソンダヴリルとはいえ、嘘はほどほどに。

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