肌寒くなり、世に安楽を求める者の多きこと甚だし。
心が崩壊し、体さえも休めぬなら、なぜ生きている必要があるのか。
そう考えることは自然と言えなくもなかろうよ。
緩慢と緩慢と、苦しみもがき死ぬ。
そのような俗世を厭い、皆急流に飛び込む。
一瞬の痛みに安楽を幻視(み)る。
しかし――
きいいぃいいぃいいぃぃい!
吹き飛ばされた体は四散した。
左右の腕はフェンスを乗り越え路肩に、両足はフェンスにぶつかり血を飛び散らす。
首から下腹部にかける部分は、車体の下敷きとなり原型を無くした。
そして頭部は、線路脇に転がる。綺麗に形を保ったまま、転がった。
頭部には――彼には、意識があった。
脳が傷つかずに済んだのだ。ある意味当然やも知れない。
激痛が彼を襲う。
痛い痛い痛いいたいいたいイタイタイタイイタイタイタイタイ!
それでも、ようよう彼は意識が遠のきはじめた。
血液を運ぶための鼓動が、最早存在しないゆえ。
彼は、緩慢に激痛を感じ尽くし、死んだ。
「と、いうことも有り得るんじゃなかろうか?」
「のおおぉぉおおぉおぉお!」
早朝。電車待ちの中、とつぜん駅のホームで語りだされた話に、女学生は耳を塞いで叫んだ。
「何で突然気持ち悪い話を始めるかな!」
彼女は隣に佇む男性を睨みつけ、大声で文句を紡ぐ。
男性は女学生の方は向かず、コートのポケットに両手を突っ込んで寒空を見上げた。
「何となく」
「何となくでこんな話しないでよおぉお!」
続けて紡がれた女学生の文句に、周りに佇んでいた者達が心の中で頷く。
一方で、男性は気にした風もなく、寒そうに白い息を吐いた。
女学生は男性を憎らしげに睨み、それから小さくため息をつく。
「ていうか、死ぬことに安らぎを求めた人に、そんな残酷な現実が用意されてたら、何か救いがなさ過ぎてやだよ」
「誰も死んだ瞬間の感想なんて話せない。なら、そういう現実がないとは言い切れない。……そして、現実ってのは救いがないもんさ。フィクションと違ってな」
「だからって、脳内が暗いよ。伯父さん、一応児童文学作家でしょ? もっと夢を撒いて。夢を」
「へいへい。ではお前が子供のときにお気に入りだった話でも――」
男性と女学生の近くにいた1名が、ゆっくりとした足取りで階段を下りていく。更に、改札のある地上へと向かう階段を上った。
そして、彼は自動改札に入場券を入れ、外へ出た。青い顔が、早朝の爽やかな蒼い空を見上げる。
「……もう少し……頑張るか……」
その日、危ういところで生き続けることを選択した命があったことを、誰も知らない。