冷たいもの

 息さえも凍てつく真冬の夕暮れ時。
 空から降りそそぐ結晶を素手で受け止め、思う。
 冷たいものを触ると落ち着くけど、切なくて悲しくなる……

 蝉の声が聞こえる夏の日。
「暑い! ねえ、何でこの部屋冷房かかってないの〜?」
「貧乏なんだってさ、この病院」
 ある病院の一室、ベッドに横たわった少年とその側の椅子に腰掛けた少女が話している。
 どちらも十代半ばといったところ。
「よし! 転院しちゃえ!」
「無茶言わないでよ」
 破顔一笑して言った少女に、少年は苦笑交じりに言葉を返す。
 ここはとある田舎に唯一の総合病院。大した設備はないが、そんな事情から通院者や入院者は多い。
 もっとも田舎だけあってそもそもの人口が少なくて、少年の言うように金銭事情は心もとないものとなっているのだが……
「ここから移るとしたら、だいぶ遠いところになっちゃうだろ?」
「ほぉ…… なるほどねぇ。つまり、わたしと離れるのが寂しいと」
「そういうこと」
 にやにやしながら言った少女に、少年はにこやかに笑って真っ直ぐと見詰め返し言った。
 そうストレートにこられると、逆に照れてしまうのは少女。
「あ…… え〜と…… ま〜、当然よね! わたしのような素直で可愛い子と毎日会いたいと思うのは!」
「そうだね」
 やはりにこやかに答える少年。
「……………」
 今度は言葉を失い黙り込んでしまう少女。
「どうかした?」
「何か…… 暑さが増しちゃったわ……」
 そう呟いて、特に暑くなった顔を中心に手の平で風を送る。
 勿論その程度で暑さが緩和されるはずもなく、文明の利器が恋しくなった。
「も〜、暑いっ! あんたのせいだからね!」
「えっ! 何で?」
「何でも!」
 突然上がった少女の文句に、少年は当然戸惑う。
 確かに暑さの半分くらいは少年のせいなのだろうが、責任をかけられても困るというものだ。
 しかし、少年は律儀にもフォローに入る。
「う〜ん、なら明日は涼しくなるもの、用意しとくよ」
「ほんとね! なら、明日も来てあげるわ」
 再び満面の笑みになって言った少女。
 そんな彼女に少年は――
「ありがとう、嬉しいよ」
 本当に嬉しそうに、にこにこと笑ってそう言った。

 次の日、少女を待っていたのは少年の遺体だった。
「昨日の夜……突然発作が起こってね……」
 暗い顔で看護婦がそう言った。
 少女はその言葉を適当に聞き流しつつ、少年に近づく。
 その体に触れてみると――冷たかった。こう言っては何だが、涼むためにはぴったりだ。
 だから、彼女は思った。
 涼しくなるものというのはこれだったのではないか、と。
 勿論そうではない。おそらく少年が意図していた物は扇風機やうちわなどだっただろうし、実際前日にそのような物がないか尋ねられた看護婦もいたという。
 少女もそのことは了解しているし、理解もしている。
 しかし、それでも考えてしまう。
 彼はわたしのために死んだのではないか、わたしの暑さをどうにかするために死んでくれたのではないか、と。
 馬鹿な考えである。
 しかし、彼女の頭からそれが離れることはなかった。
 だから――

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