目の前の光景はいつも通り。
でも、だからって慣れるものじゃない。
「ねぇ、刑部くん。本当に今更なんだけど…… 何でいつも頭撫でるの?」
私の友達、早紀ちゃんが撫でられたままでそう質問した。
それに対し刑部くんは――
「目の前に頭があるからかな」
と、『そこに山があるからさ』的な発言をする。
刑部くんは頭を撫でるのが大好きという変わった人だ。その頭は早紀ちゃんのものに限らず、他の女子や男子のものなど、幅広い頭が対象となっている。でも……
「でもさ、美夜ちゃんを撫でたことってなくない? 撫でてみれば?」
私の視線に気付いた早紀ちゃんが、ニヤニヤとこちらを見ながらそう言った。
「へっ……いっ!」
変な事言わないでよ! と言おうとしたんだけど、動揺して上手く発音できない。
「佐久間の?」
刑部くんは私の名前を呼んでから、しばらく考え込む。
そして――
「そういえば一回もないかも。なんでだろ? よし、撫でるか」
という結論に達した。
そこで私は顔が一気に紅潮するのを感じた。前々からこの時を望んではいたけど、実際に迎えようとしている今はすっごい逃げ出したい気分。でも、やっぱりやってもらいたくて…… どうしたらいいのやらって感じ。
そこで刑部くんの右手が、私の頭に伸びる。
「あ、えっと…… よろしくおねがいしますっ!」
「? うん?」
思わず出た妙な言葉に、刑部くんは戸惑いつつ手の平を私の頭にのせる。
なでなでなで……
と、刑部くんが五秒くらい撫でる。
私はその間、そのまま死ぬんじゃないかってくらい心臓がバクバクいっていた。ふわぁ……
「あ。そうか」
そこで上がった刑部くんの声。
どうかしたのかな?
「佐久間を撫でなかったのって、背が高くて撫でづらいからだ」
ばちーんっ!
その言葉を聞いたら思わず手が出ていた。
「もう、駄目よ。美夜ちゃん、背高いの気にしてるんだから」
叩かれた左頬の痛みに悶絶していると、有坂がそう言った。
「そうなのか? そいつは悪いことしたなぁ」
男の身としては、背が高くなりたいくらいだけど…… 女子はそんなことないんだな。なにより、本人が気にしてるんなら謝らないと。
さっそく佐久間の後を追いかけようとすると――
「あ、刑部くん。美夜ちゃん撫でられるの好きだから、謝りつつ撫でてあげるといいよ」
「そうなのか?」
「そうなの」
笑顔で言い切る有坂。
そうなのか…… それは僕としても願ってもいないことだ。でも、撫でづらいってのはなぁ。
――あ!
「そうだ!」
「な、何?」
いいこと思いついた。
はぁ、好きな人殴っちゃってどうするのよ…… グッバイ、私の青い春……
と、廊下の窓から青空を眺めつつ黄昏ていると、通りすがりの人たちが大きく私を避けていることに気付く。
どうやら無意識にぶつぶつ言っていたみたい。
恋に敗れた上に人間関係まで希薄になって、私の学校生活はお終いね、ふふふ。
「佐久間」
何かしら? さっそくいじめ?
って――
「刑部くんっ!」
「うわっ、そんな驚かなくても……」
「あ、ごめん」
つい大きな声を出しちゃった。それにしても叩いたのに追ってきてくれるなんて……やさしいなぁ。ちゃんと謝らないと。
「あの……」
「えっと」
『ごめんなさい』
なぜか、言葉が重なった。
「えっと、私は殴っちゃってごめんなさいだったんだけど…… 刑部くんは?」
「僕のは、気にしてること言っちゃってごめんなさい、だよ」
「あ…… その、それは、わざわざありがとうございますというか……」
「いえいえ。それとお詫びの印に…… ちょっとこっち来いよ」
と言って、刑部くんが私の手を引いて空き教室へ入っていく。
手を握られているのも嬉しいけど、この後の展開って……
「ほら、ここに座って」
「う、うん」
示された椅子に座ると、刑部くんが近づいてくる。
な、なに、なにー。ど、どきどきする……
ゆっくりと伸ばされた刑部くんの手は――
なでなでなでなで。
「これなら佐久間が大きくても撫でやすいだろ?」
「…………………………」
「あれっ、嬉しくない? 有坂が、佐久間は頭を撫でられるのが好きだって言ってたんだけど……」
早紀ちゃん…… そんな嬉しい嘘を……
とはいえ、さっきまで想像していた展開との違いが少し不満だったり。
でも――
「ううん。すごく嬉しい。続けて」
折角だから堪能しちゃお。
「おう。任せてくれ」
なでなでなでなでなで……