本当に辛いのは、心の底から知りたいと望んでいるのにそれが叶わないことだ。
「いい加減にしたらどうだ?」
「何が?」
液晶画面を注視し、腱鞘炎になりそうなほど指を忙しく動かしながら、友人に聞き返す。
「佳美さんが亡くなって悲しいのはわかるけどな…… もう、一年なんだ。いい加減、仏頂面でキーボード叩いて仕事人間を気取るのはやめろよ」
妻の佳美が死んだのは、彼が言うとおり一年前のこと。突然のことだった。本当に突然な交通事故。
「別に。俺は元々仕事に情熱を燃やしていたよ」
「何かあるごとにさぼってた奴が何言ってんだよ……」
呆れた声を出す友人。
俺は別に佳美が死んだことを今でも引きずっているわけじゃないし、それが原因で仕事を一生懸命やっているわけでもない……はずだ。
「仕事やらないよりはいいだろ」
「寧ろ悪いよ。お前が仕事してるの見ると気持ち悪ぃ」
随分な言われようだ。
「吐き出したいことがあるんなら言ってみな。聞くだけならタダだ」
一年も経った後でする会話だろうか。少し滑稽さを覚える。
もっとも、一番滑稽なのはそれを言わせている俺自身なのだろうが。
「ほれ、言ってみ」
黙って仕事を続けていると、なおも聞いてくる友人。言葉遣いはふざけているようだが、それを発している声は真剣そのもの。
特に話すこともないのだが、これは何も話さずには済まなそうだ。
ふう。
「俺はただ……あいつがどう思っていたかなって」
「あぁ?」
「俺はいい夫だったかなって。あいつは俺と一緒になって、幸せだったかなって。そういうことがどんどん気になってきたんだ。もう知る ことなんてできないってのに……」
……へぇ。俺はそういうことが気になっていたんだ。
馬鹿みたいだけど、言葉にしてみて初めて気付いた。
俺は、突然この世界からいなくなってしまったあいつの、絶対に知ることができない気持ちが知りたかったんだ。
やばっ、何かマジでへこみそうだ。自殺しちまいそうなレベルで。
「お前…… 馬鹿じゃねぇの?」
「おい」
自分で話してみろって言っておいてそれか! こっちは今の今になってマジでへこみ出してるってのに!
「そんなのいいように考えればいいじゃんか」
「へ?」
「どうしたって知ることができないんだぞ。いいように考えてればいいじゃないか。ポジティブシンキングだ、ポジティブシンキング!」
そんな安易な……
「それで納得できないんなら…… 佳美さんのことちゃんと思い出してみな。きっとわかると思うぜ」
あいつのこと…… 何で急に……
でもまあ、取り敢えず目を閉じてみる。浮かんできたのは――
妻の、佳美の笑った顔、怒った顔、泣いた顔、喜んだ顔。
それぞれ性質は違うけど…… 幸せそうな……気がする。
って、これも都合のいいポジティブシンキングのひとつか。真実とは限らないんだから。
でも……
……………
「よし! 今日はもう、さぼって飲みに行くか!」
「そう来なくっちゃ!」
景気よく言うと、のってきたのはポジティブな友人。
帰る準備を始めると――
「お前ら、上司の前で堂々とさぼり発言とはいい度胸だな!」
あ、やべ。
本当に辛いのは、心の底から知りたいと望んでいるのにそれが叶わないことだ。
そう思っていた。
確かにそれは辛いことなんだ、と今でも思う。
だけど……それで苦しんでいるだけではいけないとも思うんだ。