匙は投げられた

「あのね。今月アレが来ないんだけど」
 ぶふううぅぅううぅう!
 昼休みも終わりに近づき、食事をとり終えて、紙パックの牛乳を飲み下していた折のこと。突然に先のようなことを言われて、少年は勢い良く白濁液を口から噴出した。
「……大丈夫?」
「げほっ! げほっ! 大丈夫じゃない」
 心配そうに言った少女に、少年は憮然とした表情を向けて応える。そして、訊くべきことを訊いた。
「アレっていうのは――」
「所謂、月経」
 眩暈がした。
 少年は言葉を失い、机に突っ伏す。そして、くぐもった声を上げた。
「そういうのは、彼氏に言って下さい」
 涙声だった。
 対する少女は、きょとんとした表情で先を続ける。
「私、彼氏いないんだけど」
「はあ!?」
 がばっと起きて、少年が大きな声を上げる。
「どしたの?」
「どしたの、じゃないって! 何それ! じゃあ、その…… 行きずりってこと?」
「……行きずり?」
 少年の言葉に、少女はやはりきょとんとした表情を浮かべ、しかし、今度は直ぐに合点がいったというようで、得心する。
「あー、違う違う。そもそも私、処女だし」
「あ、そうなんだ。って、その発言は発言で対処に困るから」
 少年は明らかに一度ほっとし、それから困ったような顔で言った。
 少女は、そう? と口にし、しかし、然程気にした風もなく再び口を開く。
「何かね、痩せ過ぎみたいなの」
「痩せ過ぎ?」
「うん。痩せ過ぎると、無月経になったりするんだって。昨日ネットで調べた」
 ふーん、と適当な相槌を打ち、少年は少女を瞳に移す。
 確かに、痩せていた。とはいえ、痩せ過ぎという程かというと、よく判らない、というのが正直な感想だった。少女が痩せ過ぎだというのなら、クラスの女子のほとんどがそうであるような気がする。
「そんなに痩せてるの?」
 直球に訊いてみた。
「百六十センチで四十キロはいちおー痩せ過ぎではないかと」
 それは、そうかもしれない。少年は思う。
「じゃあ、やっぱり、その……アレが来ないのは、痩せ過ぎのせいかもね」
「やっぱりそうなるかなぁ。なんかね、無月経以外にも嫌な症状が出るらしいだよね。嫌だなぁ」
 少女は眉を顰めて、辟易した。
「嫌な症状って?」
「んー、えっとねぇ」
 少年の問いを受け、少女はすーっと深く息を吸う。
「脱毛不眠集中力低下ゆううつ気分脳萎縮聴覚過敏味覚障害皮膚乾燥低血圧不整脈肝機能障害腰痛便秘冷え性骨粗鬆症むくみ、などなど」
 一息で一気に口にしてから、少女は再び深く息を吸う。
「そんなに一気に言わなくても……」
 少年は呆れた瞳を向けてから、更に言葉を紡ぐ。
「まあ、大概嫌な症状だね。聴覚過敏っていうのは僕的には少し嬉しい気がするけど」
 しばしば聞き間違いや聞き逃しをする身としての感想を、少年は漏らす。
「ま、確かに聴覚過敏っていうのの何処が悪いのか、私もよく判らないけど、それ以外の症状が嫌過ぎ。あーあ、やだやだやだやだやだ」
「さっそくゆううつ気分になってるね。てか、太ればいんじゃない」
「直球な意見をどうも。けど普通、太るのは嫌でしょ?」
 それは人に依るだろう、と少年は考えたが、特別こだわりがあるわけでもないため、言及しない。しかし、ちょっとした意見を口にはしてみる。
「別に相撲取りみたいにぶくぶく太れとは言ってないよ。四十キロ代の後半を目指すくらいなら――」
「嫌」
 即答だった。
 少年は苦笑する。
 と、そこで少女は、少年に期待のまなざしを向ける。
「で、こっからが本題ね。ばっちり答えて」
「うん?」
 突然だった。そして、
「太る以外で、何か良い方法ないかな?」
 厄介な問題だった。専門家でもない者が、そう易々と答えを出せるとは思えない。
 しかし、幸いにも、少年には良い答えが出せた。一応。
「あるよ」
「本当!?」
 少女が瞳を輝かせる。
「うん。答えは単純明快」
 少年は満面の笑みを浮かべて口を開く。
「病院で相談すればいいよ」
 きーんこーんかーんこーん。
「……………ソウデスネ……………」
 昼休みが終わった。

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