第1章 双生の鬼子
火を支配しろ

 天笠柚紀(あまがさゆずき)は非常に誤解されやすい。
 粗雑な振る舞いやぶっきらぼうな物言い、大雑把な考え方、そして、若干ながらきつく見える目つき。それら内面や外面が人に与える印象は、推して知るべしである。
 勿論、そのような印象が、必ずしも外れているわけではない。的を射ている印象というのも、少なからずあるのだ。
 しかし、ことある一点においていえば、大方の者が抱くであろう印象に間違いがあると断言できる。
 それは――
「柚紀(ゆずき)の料理おいしー」
「すっっっごい意外だ」
 鬼沙羅(きさら)、阿鬼都(あきと)がそれぞれ感嘆しつつ、食卓に並んだロールキャベツを頬張る。
 そう。天笠柚紀(あまがさゆずき)は、意外や意外、料理上手なのだ。それを知った友人は、まず頬をつねる。柚紀(ゆずき)の今までの人生でその行動をとらなかった人物は、未だいない。
「おいしー。おいしー」
 鬼沙羅(きさら)が賞賛を連呼しながら、満足そうに料理を口に運んでいる。
 その様子を目にした柚紀(ゆずき)は、双子の普段の小憎らしい態度を一時忘れて機嫌をよくし、胸を張った。
「ま、まあざっとこんなものよ。恐れ入った?」
「入った、入った! ねーねー、わたしにも料理教えて!」
 得意げな柚紀(ゆずき)に、鬼沙羅(きさら)が素直に声をかける。無邪気な笑顔が愛らしい。
 一方で、阿鬼都(あきと)は何やら不満げだ。お腹だけは素直に料理を受け入れているが、表情は文句ありありの体である。
「……おいしいのはいいけど、なーんか納得いかないなー」
 思わず呟く阿鬼都(あきと)。
 柚紀(ゆずき)がこめかみに青筋を立てるが、ここ数日間ですっかり慣れてしまったゆえ、それほど怒りはしない。
「往生際が悪いわよ、阿鬼都(あきと)。目の前の現実を受け入れなさい」
「むー。だってさー。柚紀(ゆずき)のキャラじゃないと思うんだよね、料理上手って。消し炭作ってた方がしっくりくる。もしくは、料理というカテゴリでは作りえないはずの、地球外生命体にも似た超自然的不可思議生物を作ったり――」
「そんなもん作るかあぁあ!」
 怒りに満ちた大音声が響いた。誰のものかは言うまでもあるまい。
 双子と共に柚紀(ゆずき)が引っ越してきてから、このような怒声は日常となりつつある。近所の人も慣れたものである。
 勿論、慣れたからといって、迷惑でないわけがない。是非ともご注意願いたいものだ。

 夕食時のことである。
「はい。鬼沙羅(きさら)」
「わーい!」
 ケチャップで描かれたウサギさんが目を惹く、ふんわり卵のオムライスが食卓に置かれた。
「…………はい。阿鬼都(あきと)」
「…………………わーい」
 血のような赤きケチャップが添えられた、ガリガリ歯応え充分の消し炭が食卓に置かれた。
 柚紀(ゆずき)による先ほどの仕返し――というわけではない。勿論、そういった意味も少なからずありはするのだが……
「たーんと召し上がれ、お兄ちゃん」
 調理者は鬼沙羅(きさら)だった。
 柚紀(ゆずき)による指導のもと、鬼沙羅(きさら)が一所懸命に作ったオムライス。それが消し炭の正体だった。
 ちなみに、鬼沙羅(きさら)に悪気など一切ない。
「……いただきます……」
 兄は、焦げた匂いを努めて気にせず、黒き物体を口に運んだ。

 その晩、阿鬼都(あきと)は柚紀(ゆずき)に謝り倒した。今後絶対に料理のことでは何も言いませんごめんなさい、と。
 そして、鬼沙羅(きさら)の料理の腕を人並み――いや、鬼並みにして欲しいと、必死で泣きついた。
 相手が憎たらしい鬼とはいえ、さすがに気の毒に思ったのだろう。か弱き人はゆっくりと頷き、消し炭を完食した優しき兄の肩に、ぽんっと大きな手を置いたのだった。

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