第1章 双生の鬼子
壊れてしまった大切な君

 爛々とした日差しが人を、町を、大地を照らす。木々にひと夏限定の住人が潜み、短き生を懸命に謳歌するよう、けたたましく鳴き叫んでいる。龍ヶ崎町(りゅうがさきちょう)には、夏の色濃い気配が漂っていた。
 じーじー。
 アパートメントから百メートルほど離れた位置に小さな公園があり、そこには青々とした樹木が幾本も立っている。七年の時を地中で過ごし、たったひと夏を地上で過ごそうとしている者が――蝉が、その樹木を拠点として、生きた証を熱気あふれる中空に放った。
 開け放たれたアパートメントの窓から、彼らの声が侵入してくる。夏らしさの代表ともいうべき騒音に、しかし、人は夏を感じる余裕もなく、ただただうんざりとして項垂れていた。
 人――天笠柚紀(あまがさゆずき)が、フローリングの床につっぷし、目を瞑っていた。
 夏は暑いものと決まってはいるが、それを諾と受け入れるのは難しい。柚紀(ゆずき)は常々そう思っている。とりわけ、夏の強い味方――大切な文明の利器クーラーが壊れたとしたならば、なおさらだろう。
 さわさわ。
 窓から爽やかな風が吹き込むが、その程度で和らぐほど、近年の夏は甘くない。
 じーじー。
「あづいー。あー、あづいー」
 最近はご無沙汰であった扇風機をひっぱりだし、柚紀(ゆずき)はその目の前に陣取ってぐったりしていた。しかしながらやはり、そのような送風でどうにかなるほど、夏の熱気は弱々しくなどないのだ。
 そんな彼女を、双子の鬼が、阿鬼都(あきと)と鬼沙羅(きさら)が、涼しい顔で眺めている。
「人間って不便だなー」
「ほんと。暑いくらいで大騒ぎ」
 じーじー。
 そのようにのたまう二名はひょいっと立ち上がり、トテトテと柚紀に歩み寄る。
 そして――
 ぴと。
 くっついた。
「……離れて」
「嫌」
 満面の笑みで拒否する兄、阿鬼都(あきと)。
 じーじー。
「離れろ」
「やーだよー」
 愛らしい笑顔が目映い妹、鬼沙羅(きさら)。
 じーじー。
 しかし、柚紀(ゆずき)は彼らの笑顔に愛らしさなど微塵も感じ得ない。
 ゆえに――
「離れんか暑苦しいっっ!!」
 常なる怒声がアパートメント周辺に響きわたった。近隣の蝉が静まるほどだった。
「うわー!」
「柚紀こわーい!」
 クスクス笑いながら双子が逃げ惑う。
 それを柚紀(ゆずき)がドタドタと追い回す。
「こらー! 待ちなさーい!」
 騒がしい日常だった。

 じーじー。
 さわさわ。
 数分後、力尽きた柚紀は、ふたたび扇風機の前でうなだれていた。汗が滝のように流れ落ち、悲惨な状態であった。
 それゆえだろうか。
 その後は、阿鬼都(あきと)が騒ごうが、鬼沙羅(きさら)がひっつこうが、比較的に涼しくなる夕刻まで、まったく、これっぽっちも動かなかったという。
 じーじー。
 夏が始まった。

PREV TOP NEXT