第2章 流れを汲む者
君と共にある笑顔

 その日、天笠柚紀(あまがさゆずき)は朝から気が気ではなかった。
 それというのも――
「ねぇ、阿鬼都(あきと)。鬼沙羅(きさら)。いい加減、機嫌直さない?」
 ぷいッ。
 頬を膨らませて、2人は同時にそっぽを向く。
 そう。いつも仲のいい2人が喧嘩をしているのだ。
 ことの起こりは今朝、午前8時16分のことである。

「あっれー? おかしいなぁ」
 鬼沙羅(きさら)が冷蔵庫を開けて中身をひっかきまわしていた。
 彼女のそんな行動に疑問を覚えて、阿鬼都(あきと)が尋ねる。
「どうした? 鬼沙羅(きさら)」
「あ。お兄ちゃん。んとね。昨日柚紀(ゆずき)にもらったプリンがなくて……」
 昨日、気龍寺(きりゅうじ)の僧、白夜知稔(びゃくやちねん)が帰ったあと、結局、柚紀(ゆずき)は食欲不振のために自分の分のアイスを阿鬼都(あきと)に、プリンを鬼沙羅(きさら)に譲渡していた。
 阿鬼都(あきと)は自分の分と共に直ぐ食べていたが、鬼沙羅(きさら)は大事にとっておいていた。それがないのだ。
「ああ。あれなら僕が食べたけど?」
 ……………
 沈黙。そして――
「ええぇえ?!」
「な、なんだよ。おっきな声だして」
「なんで?! なんで食べたの?!」
 涙目になって詰め寄る鬼沙羅(きさら)を目にし、阿鬼都(あきと)がたじろぐ。
「な、なんでって…… 鬼沙羅(きさら)が食べないみたいだったから――」
「今日食べるつもりだったの! 寝る前から楽しみにしてたのにぃ……」
 しばらくは、さめざめと泣いていた鬼沙羅(きさら)だったが、両手でガシガシと涙を拭うと一転、キッと兄を睨んだ。
「阿鬼都(あきと)のばかぁ!」
「な、何だよ! 早く食べない鬼沙羅(きさら)が悪いんだろ!」
「ばかあぁあ!」
 この騒動に驚いて柚紀(ゆずき)が目を覚ますのに、さほど時間はかからなかった。

 ぷいッ。
 それから時が経ち、そろそろ午後2時になろうとしている。鬼沙羅(きさら)の怒りは冷めることなく、今も轟々と燃え盛っている。
 例え鬼であっても、食べ物の恨みは恐ろしいようだ。
 そして、柚紀(ゆずき)はひとり、おろおろと双子を交互に見ている。
 ――これ、どうなんだろう? 一昨日の犬の時みたいになってるのかなあ……
 知稔(ちねん)が恐ろしい気配を感じたのは、双子が怒りを顕にしたまさにその時だった。
 今もそのような状態だとしたら……
 ――知稔(ちねん)さんが2人を退治しにきちゃう……!
 焦りを覚えて、柚紀(ゆずき)が立ち上がる。
 部屋をウロウロし、座り込んで考え込み、再び立ち上がって部屋をウロウロする。打開策が浮かばず、どうしようもない奇行に走っていた。
 しかし、挙動不審な家主はいよいよ良い考えに至る。非常に単純ではあるが……
「プリン買ってくる! あと、ケーキとアイスも! それで機嫌なおすのよ!」
 ばぁん!  財布を手にした柚紀(ゆずき)が、勢いよく扉を開いて玄関から飛び出していった。
 彼女は、コンビニという名のニライ・カナイを目指す。

「……ねぇ。阿鬼都」
「……なんだよ?」
 部屋の端と端に陣取っていた2人は、少しだけ歩み寄った。数時間ぶりに互いの顔をまともに見て、話をする。
「柚紀(ゆずき)。なんであんなにオロオロしてるのかなぁ?」
「さぁ?」
 2人は仲良く首を傾げた。それから、俯く。彼ら口の端には――
 クスクス。
 笑みがあった。
「柚紀(ゆずき)が面白くて怒ってられないよぉ」
「わかる。僕もばからしくなってきた」
 クスクス。
 それぞれに笑いながら、そのように口にした。
 そして双方、自分の分身に微笑みかける。
「ごめんな。鬼沙羅(きさら)」
「ううん。わたしこそ、うるさく言ってごめんね、お兄ちゃん」
 素直に謝りあうと、2人はクスクスと楽しそうに笑った。
「柚紀(ゆずき)の前ではまだ喧嘩したふりだぞ?」
「うん。もっとオロオロさせて楽しみたいもんね」
 クスクス。

「……こだわり卵のとろけるプリン、1つしか残ってない」
 2人が仲直りしたことなど知るよしもない柚紀(ゆずき)は、コンビニのデザート棚でかたまっていた。
 理由は彼女が口にしたとおりだ。
 ――1つだけ買っていったらまた喧嘩に……
 そのように考えて、柚紀(ゆずき)は決意する。
 ――ちょっと遠いけど……他のとこに行かなきゃ!
 続けて、2キロほど先にある別のコンビニへと――エルドラドへと向かうことにした。
 8月の某日、若者の体力が浪費された瞬間だった。

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