第3章 百鬼の行く夜
時経ても変わらぬ想い

 人間達の跋扈する現代社会とは隔絶した世界。その一画で、大きな大きな蜘蛛が眠りについていた。
 その蜘蛛は、かつての光景を夢に見、まどろんでいた。幸せばかりではなかった。それどころか、不幸せの方が多かった。
 それでも、かつて与えて貰った、忘れられないまばゆい笑顔と、優しさが彼の心を癒していた。

 ――くもさん。もう里に来ちゃダメだからね。またいじめられちゃうよ。だいじょぶ。あたしが行くから

 蜘蛛がまだずっと小さかった時代。遠い遠い過去の時。その時を生きていた小さな人間の少女。
 彼女が亡くなって久遠の時が流れたけれども、蜘蛛は彼女に貰った優しい心をいつまでもいつまでも大事にしていた。
 もそ。
 蜘蛛が目を覚ました。そして、ぴくりと身体を震わせる。視線を巡らし、八つの足を動かす。
 彼の聴覚には空気の乱れる音が響き、触覚には大気の湿る嫌な感覚が残った。そして、視覚にはこれから起こることが――複数の情報を統合した結果、導かれたヴィジョンが映しだされた。
「………………………………………行かなきゃ」
 呟くと、蜘蛛はゆっくりとその姿を消した。

「終わったねー」
「終わったなー」
「平和な日々が帰ってくるのねー」
 気龍寺(きりゅうじ)での戦いから数時間が経ち、アパートメントにて、天笠柚紀(あまがさゆずき)たちはカップ麺をずずずっと啜っていた。そして、平和ボケした表情を浮かべて、呟いた。
 ここ一週間ほど、連日連夜物騒な気配を肌で感じていたためか、すっかり気疲れしていた。その反動として、三名はすっかりだらけてしまっている。
「たまにはカップ麺もいいねー」
「そだなー。このジャンキーな味がなんとも言えないよなー」
「栄養とか心配だけど、まあたまにはねー」
 ずずずずずず。
 鬼沙羅(きさら)、阿鬼都(あきと)、柚紀(ゆずき)が、気の抜けた様子でそれぞれ言った。
 十九時頃に木之下幽華(きのしたゆうか)との戦いを終え、それから三十分ほどを経て、彼らは家へと帰りついた。結果、疲れ切ってしまったゆえに、夕食がインスタント食品――カップ麺と相成ったわけである。
 食べ終えた者から、ぱたりぱたりと、倒れるように寝転ぶ。牛になるか否かなど、問題視していられない。それくらい疲れていた。
『はぁあ。平和ってさいこー』
 それは、心からの言葉であった。人も鬼も、総じて和を望む。
 望みが叶えられるか否かは、また別として……

PREV TOP NEXT