「許さあぁああぁあんっ!」
がんっ!
夕食の席で、阿鬼都(あきと)が黒絵(こくえ)と交わした約束を口にすると、家主の天笠柚紀(あまがさゆずき)は青い顔を携え、派手な物音をたてて椅子を転がし、立ち上がった。
驚いて柚紀を見上げた阿鬼都が、口を尖らせる。
「何でさ?」
「何でもへちまもなあぁあい! とにかく駄目!」
「そうだよお兄ちゃん! あんな怖い虫と一緒にだなんて!」
妹の鬼沙羅(きさら)の言葉に、阿鬼都は思わずむっとして声を荒げる。
「怖い虫じゃないよ! 黒絵だよ!」
「名前なんぞ知るかあぁあああぁあ!!」
叫んだのは柚紀。隣で鬼沙羅も熱心に頷いている。
彼女たちのそのような様子に、阿鬼都は――完全にへそを曲げた。
かた。
静かに椅子を引いて、立ち上がった。スタスタと歩みを進め、テレビの隣にある小物入れの上から三段目にある指輪をひょいと手に取り、ズボンのポケットに入れた。
彼のその様子を窺っていた二者は、訝る。
「お兄ちゃん?」
鬼沙羅の声を受けて、阿鬼都が振り返る。そして、食卓についている二名に冷たい視線を送る。
「だったらいいよ。僕だけで黒絵を手伝う。柚紀と鬼沙羅は関係ないだろ」
「な――! ちょっと待ちなさい! 阿鬼都!」
呼び止めた柚紀に対し、阿鬼都はべーっと舌を出して挑発してから――
「今日の料理、滅茶苦茶まずかったよ!!」
ダッ!
暴言を吐いて駆け出した。
当然の如く、柚紀は怒り顔でわめき散らす。
その一方で、鬼沙羅が涙を浮かべて、今日のお味噌汁がんばったのに、と呟く。
阿鬼都は寸の間、立ち止まり――
「……今日の料理、鬼沙羅が作ったの以外は全部まずかった!!」
捨て台詞を少しだけ修正してから玄関へと向かった。
残された者たち――鬼沙羅はきょとんとしたあとオロオロと玄関と柚紀を交互に見つめ、柚紀はわなわなと拳を震わせながら歯軋りをした。
そして、数秒ののち――
「阿鬼都おおぉぉおぉおお!!」
人の子は、神も鬼も裸足で逃げ出しかねない形相で、叫んだ。
タッタッタッタッタッ。
暗闇が支配し始めた住宅街を、二つの影が駆けていた。
鬼たる阿鬼都、そして、虫たる黒絵である。
彼らは、煌々と輝くコンビニエンスストアの前まで至ると、立ち止まった。夜中とはいえ、店の中には相当数の客が見えた。
「……阿鬼都……よかった……? ……柚紀……怒ってた……」
「いいの! 別に柚紀は柚紀、僕は僕だし! それよりごめんな。あいつら、あんなで」
済まなそうに言った阿鬼都に、黒絵は小さくかぶりを振る。
「……いい……気にしてない……人……黒絵たち……嫌う……いつものこと……」
応えた黒絵は、本当に何でもなさそうに、言った。
その事実が、阿鬼都には余計に哀しかった。
「……そっか」
短く呟き、しかし、直ぐに笑む。
「よし! 気を取り直して、早速こころあたりを当たってみよー! 行くよ!」
快活に叫び、阿鬼都は黒絵に向けて手を差し出す。
黒絵はしばし、心配そうに阿鬼都を見ていた……が――
「……うん……」
こくり。
微笑み、黒絵は頷いた。そして、阿鬼都の手を握る。
彼らは手に手を取り合い、共に夜の街を駆け出した。